「妙円寺」 鹿児島県日置市|法智山にある妙円寺詣り発祥の禅寺

  • 妙円寺(みょうえんじ)

鹿児島県日置市|法智山にある妙円寺詣り発祥の禅寺

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施設詳細

施設名妙円寺(みょうえんじ)
所在地 〒899-2502 鹿児島県日置市伊集院町徳重521
駐車場 あり
送迎バス -
最寄り駅・お近くのバス停 ・鹿児島本線「伊集院駅」
詳細な交通アクセス

JR鹿児島本線/鹿児島中央駅:「伊集院駅」下車電車で約17分。「伊集院駅」より徒歩約6分。

伊集院ICからは、県道206号線を南西に進む(徳重横井鹿児島線)→吹上・東市来方面へと進む/踏切を越える→向江町通り/ひたすら直進→伊集院印刷・ENEOSの前を通過→銀天通り/妙円寺団地方面へ→城山隧道を通過→1階にホワイト急便のクリーニング・コインランドリーが入る8階建のマンション角を左折(橋は渡らない)→二股を左折→少し下って右側に駐車場。左側がお寺の入り口。

徒歩約6分:
伊集院駅南口→島津義弘公騎馬像・背中を正面に右折→右側に駐車場と駐輪場/通過する→二股の所では左側に下る→鉄橋のある十字路を左折&高架下直進→高架下を出てすぐに左に入る。
※信号手前の信号越えてすぐ右側の路地(徳重神社入り口手前)からも行けます。

※掲載している情報は、葬儀のデスクが調査したものです。詳細・最新の情報は妙円寺(みょうえんじ)へ直接お問合せくださいませ。
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宗派:曹洞宗の寺院「妙円寺」

曹洞宗のお寺である妙円寺は、600年以上もの歴史を持つ妙円寺詣り発祥の禅寺です。島津義弘公の菩提寺でもあり、大本山永平寺と曹洞宗大本山總持寺の双方を本山に持ちます。猛将として知られる島津氏第17代目当主の島津義弘公の位牌を祀る菩提寺としても有名です。

歴史:廃仏毀釈からの再興を繰り返した寺院

高僧・石屋眞梁を派祖とする石屋派は当時多くのお寺の建立にかかわる、九州のみならず、今の山口県でも大変力を持った一派。長州の守護大名であった大内義弘は石屋眞梁に、亡くなった息女の供養のため寺院建立を依頼しますが、地元である現在の鹿児島県日吉市の伊集院に帰ることが決まっていたため断ります。
大内氏はその地を治めていた島津氏の許しを得てまでも、石屋眞梁に頼み続けました。
最終的には願いを聞き入れますが、すでに伊集院に戻ったことでこの地に供養のためのお寺を建立することになりました。それが法智山 妙圓寺であります。大内氏の亡き娘への深い愛情と当時の仏教寺院の最先端技術をもって建立されたお寺です。

しかし、さまざまな事情から廃寺同様となります。そこで妙円寺を福昌寺6代住職・愚丘妙智によって復興されました。中でも義弘公の妙円寺への帰依は厚く、熱心な庇護と支援を行いました。

その後、明治政府の廃仏毀釈によって妙円寺は再度廃寺となります。僧侶と信者たちによって義弘公の位牌と宝物のほとんどは避難することができましたが、義弘公の像だけは持ち出すことができませんでした。

のちに妙円寺跡は徳重神社が建立され、義弘公の像はそのまま神社で御神体として祀られ続けています。現在行われている妙円寺詣つは徳重神社のイベントです。妙円寺が再興された時、義弘公の像の返還を求めたものの、戻されることはありませんでした。

そして明治13年に、住民たちからの要望もあり妙円寺は再興を果たしました。

文化財

法智妙圓霊

法智妙圓霊位は妙円寺の興りと山号と寺号の由来である大内義弘息女の位牌です。室町時代の雲首(うずも)位牌で、大変めずらしいものです。

愚丘妙智の木像

開山石屋眞梁大禅師・竹居正猷大和尚・愚丘妙智大和尚は妙円寺を開山した石屋禅師とその弟子である竹居正猷大和尚、そして一時期廃れていた妙円寺を再興した中興の愚丘妙智の木像です。
550年以上もの間、消失を免れて現在も妙円寺の寺宝として祀られています。

十六羅漢木絵

十六羅漢木絵は妙円寺を代々庇護してきた島津氏によって奉納されたもの。
十六羅漢とは、釈迦入滅時に仏教を教え守ることをたくされた16人の高僧のことです。修行によって悟りの境地に達した人のことを阿羅漢、羅漢として慕われています。平安・鎌倉時代以降禅宗寺院を中心に信仰を集めました。

島津義弘公位牌

島津義弘公位牌は、戦国の世に生きた人の中では長寿であった義弘公の位牌です。享年85歳、妙円寺殿松齢自貞庵主との戒名を授けられました。

金色の巨大観音像 谷山大観音

谷山大観音は妙円寺同様、明治時代の廃仏毀釈によって廃寺となった清泉寺の跡地ちかくに建立された、金色の30m近くもある巨大観音像です。妙円寺谷山出張所大観音堂(現:清泉寺大観音堂)との名称で、中は納骨堂となっています。清泉寺跡地には、文化財指定されている阿弥陀仏を掘った鎌倉時代の磨崖仏がいくつもあり、今も見ることができます。また、新城島津家の当主だった島津久章の墓石も残っています。
2001年に妙円寺の61代住職によって建立された金色の大観音様は、地元のランドマークにもなっています。

行事:妙円寺詣り

関ヶ原の戦いで豊臣方に加勢していた島津義弘は、討伐隊を突破して生還を果たしました。その後の平安の世の中、関ヶ原の苦難を忘れまじとの思いと武功の誉れ高き「鬼島津」に肖った心身鍛錬が、妙円寺詣りの始まりです。
旧暦9月14日、武士たちは鎧兜に身を包み夜を徹して、義弘公が祀られていた妙円寺へと詣でました。その距離は往復約40kmといわれています。

現在のように一般人が参加できるようになったのは明治以降です。それまでは鹿児島の武士にとって、武士であることを思い起こさせる重要なイベントでした。

また、大名たちは新年の挨拶を城主と、そして妙円寺で祀られていた義弘公にも生前同様の挨拶をしていました。これは義弘公が生前に妙心寺に石(ごく)を与えた際に、亡き後も自分を象った木像を生前同様敬い、弔うようにといわれたことからきているとみられています。
廃仏毀釈の焼き払いから、人々が必死に守り抜いた妙円寺所縁のものです。

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施設特徴

・午前8時30分〜午後5時年中無休 
・お寺周辺の道は極端に狭いため、車の場合は要注意です。
・JR伊集院駅から近いため電車利用を推奨します。

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    妙円寺
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    | お名前:chiko
    住宅街に現れる小さなお寺

    鹿児島駅からクルマで40分。九州道をつかってもほとんど同じ時間で着きます。住宅街にこじんまり(よい意味で)位置していて落ち着く雰囲気です。