「谷中霊園」 東京都台東区|日本画家の大家・横山大観など多くの著名人が眠るお墓

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東京都台東区|日本画家の大家・横山大観など多くの著名人が眠るお墓

お問い合わせ

※お問い合わせの際に「葬儀のデスクを見た」とお申し出ください。

03-3821-4456

FAX番号-

施設詳細

施設名谷中霊園
所在地 〒110-0001 東京都台東区谷中7丁目5−24
駐車場 あり
送迎バス -
最寄り駅・お近くのバス停 ・JR京成電鉄「日暮里駅」
詳細な交通アクセス

【東京駅より】
・JR上野東京ライン 土浦行き「日暮里駅」約9分
・JR山手線 上野・池袋方面「日暮里駅」約12分
※ここから谷中霊園管理事務所までは徒歩約5分JR日暮里駅西口を左・次の角をすぐ左側に霊園に続く階段、もしくは南改札口を出て左→左・紅葉坂からの2通り。

【タクシーの場合】
東京駅→5km/約17分(2,000円前後)
上野駅→2km/約8分(800円前後)

【首都高速・入谷出口】
入谷の交差点を直進→交差点を左折→根岸3丁目の交差点を左折→根岸一丁目の交差点を右折→鶯谷駅下の交差点を直進・東横インの前を通過→分岐を右(根岸方面)→寛永寺陸橋の信号を直進→セブンイレブン前を通過・上野桜木二丁目の信号を直進→信号を直進(言問通り/国道319号線)・ひたすら直進→上野桜木の交差点を右折→信号分岐を右方面→石材店と花屋があります・そのまま直進した左側に管理事務所があります。花屋の分岐を右折すると派出所方面に出ます。

※掲載している情報は、葬儀のデスクが調査したものです。詳細・最新の情報は谷中霊園へ直接お問合せくださいませ。
情報に誤りを発見された場合は、ご連絡をお願いいたします。お問合せ


運営:東京都が運営する都立霊園

谷中霊園は東京都台東区にある都立霊園です。

し霊園内に天王寺と寛永寺が管轄・管理する墓地があり、その一部も谷中霊園と呼ばれることがあります。

立地:日暮里駅から徒歩5分の好アクセス

最寄駅から徒歩圏内とかなりの好立地です。

谷中はかつて寺町と呼ばれるほど、今もなお多くの寺院がある地域です。
近隣には下町風情が残る谷中銀座、そして対照的に現代アートの活動が盛んな地域でもあります。

中央園路はかつての感応寺の参道で茶屋が立ち並ぶ賑やかな通りでした。現在は見事な桜並木路となっており、多くの花見客でも賑わいます。また、四月中旬頃になると珍しい浅黄桜という、黄色い八重桜が楽しめます。かつて感応寺の境内であった江戸時代には、多くの浅黄桜が咲き綻ぶ名所だったようです。

施設・供養:永代供養ができる「立体埋蔵施設」

谷中霊園には「立体埋蔵施設」があります。いわばロッカー式納骨堂のようなものであり、合葬墓です。
一つの棟にはいくつもの小さなカロートが設けられており、そこに納骨します。そして20年後にその地下に合祀され、永久にそこで祀られます。
より多くの人が利用することができ、かつ、承継者や墓じまい問題を時解消するお墓です。

立体埋蔵施設には祭壇が設けられており、そこでお参りができます。また、建物の壁の表面には名前を刻んだプレートを貼ることができます。

お参り:著名人のお参りに多くの人が集まる

著名人のお墓を一目見ようと、多くの人が訪れます。

施設内にはありませんが、近隣には花屋と石材店、そしてお店も多くあるので不自由はありません。

その他

都立谷中霊園と天王寺・寛永寺の墓地を合わせた「谷中墓地」

谷中霊園の中に。天王寺と寛永寺が管轄・管理する墓地がありました。
かつて天台宗の天王寺が感応寺と呼ばれていた頃、明治政府による神仏分離政策の一環で墓地不足に陥り、明治7年に感応寺の一部を政府が接収し共同墓地にしたことが始まりです。
着実に公園墓地として変わりつつあります。その一環で、かつて墓地の暗い印象を与えていた樹木を低くすることで、見晴らしの良い明るい空間を作り出しました。霊園の名称は昭和10年に墓地から改称されました。
古い区画内は土がむき出しで舗装がされてない所があり、移動の際の道も狭く車椅子の方には辛い区画がありますが、新しい区画ではその点が改善されています。140年の歴史を感じさせる石造りの五輪塔や板碑が多くみられます。

徳川家最後の将軍・徳川慶喜公

明治天皇から最高位を授けられた恩への感謝の意を、自身の葬送とお墓で表した徳川家最後の将軍・徳川慶喜公。当時の華族のお墓に倣った円墳墓がこの谷中墓地にあります。理由は違えど、神道に改宗して日光東照宮の権現となった江戸幕府開祖・家康公、そして神道の葬送を選んだ江戸幕府最後の将軍・慶喜公です。感慨深いものがありますね。
徳川家の菩提寺の一つである寛永寺側の墓地にはもちろん、徳川代々のお墓はもちろん、大名家の墓所でもあります。

慶喜公が晩年、人を遠ざけられていた中でも唯一親交を持ち続けた渋沢栄一氏もここ、谷中の地に眠っています。

五重塔

1644年に感応寺に建立された五重塔は1722年の大火にて焼失し、1791年の再建時を題材にした、対照的な二人の職人の話を綴った幸田露伴の「五重塔」のモデルでもあります。
感応寺の五重塔は過去に二度焼失の憂き目を見ながらも再建され、戦火をくぐり抜けたたものの、昭和32年の放火心中事件によって焼失、今はただ虚しく礎石が残るだけとなっています。谷中のランドマークとして親しまれていただけに、昭和の焼失は多くの人々を消沈させました。

多くの著名人が眠るお墓

ー歴史上の人物ー
徳川御三卿の歴代当主の墓所
・田安徳川家
・一橋徳川家
・清水徳川家

本寿院(13代将軍家定の生母)

ー文化ー
藤間宗家(日本舞踊/藤間流)
初代花柳壽輔(日本舞踊/花柳流創始者)
山田宗徧(江戸初期の茶人/宗徧流宗家)
宮城道雄(春の海などで知られる箏曲家)
本居長世(童謡「赤い靴・七つの子」の作曲者)
円地文子(小説家・源氏物語の現代語訳)
伊藤圭介(日本初の理学博士。「雄しべ・雌しべ」等言葉を作った)

ー政治家・企業家ー
渋沢栄一(日本資本主義の父と称される。幕臣〜新政府官僚〜実業家)
鳩山家(日本第1号の法学博士でもある政治家和夫氏にはじまり、長男で元内閣総理大臣の一郎氏、その長男で鳩山由紀夫氏の父である威一郎氏)
小平波平(日立製作所の創業者)
藤岡 市助(東芝の創業者。日本のエジソンの異名を持つ)
日下義雄(IR磐越西線のベースとなる岩越鉄道の創業者/政治家)

ー芸能・スポーツー
長谷川一夫(俳優)
森繁久弥(俳優)
河内桃子(女優)
平尾昌晃(歌手・作詞作曲家)
柏戸(第47代横綱)


施設特徴

・管理事務所開所時間:午前8時30分〜午後5時15分
・管理事務所休業日:年末年始(12/29〜1/3)
・事務所内にAED設置
・多機能トイレ2ヶ所あり:管理事務所・五重塔跡

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