私たちに感動や喜び、驚きを与えてくれる「音楽」。懐かしい曲や思い出深い曲を聴くことで感情が揺さぶられたという経験をした人も多いのではないでしょうか。
お葬式の場においても故人の冥福を祈るために音楽を流す「献奏」があります。故人が好きだった曲を流したり、生演奏を行ったりと形式はさまざまです。
「献奏」は、音楽葬や無宗教葬で行われることが多かったのですが、近年では仏式の葬儀でも取り入れるケースが増えてきました。
今回インタビューをしたのは、エレクトーン奏者であり「心の音社」代表の「中村麻由さん」です。お葬式でエレクトーンによる生演奏の「献奏」を行っています。
中村さんに「献奏」を始めたきっかけや音楽に込める想いなどを伺いました!
もくじ
故人の冥福を祈って奉納する「献奏」
「献花」や「献灯」と同じ「献(けん)」という字に「奏でる」と書く「献奏」。神仏の前で楽曲を演奏し奉納することを指す言葉です。
葬儀における「献奏」は、故人が生前好きだった曲や家族が故人へ贈りたい曲などを、故人の冥福を祈って演奏し奉納することを指します。
演奏する楽器は、ピアノやバイオリン、フルートなどさまざまです。演奏形式は生演奏、もしくは録音した曲を流します。
エレクトーンで生演奏の献奏を行う「心の音社」
心の音社はお葬式で「献奏」を行っています。対応エリアは関東圏(東京/埼玉/神奈川/千葉)。
心の音社の献奏は「エレクトーンの生演奏」で行います。生演奏を実現しているのは、演奏者の高いスキルです。
お葬式は突然発生するため、依頼から演奏までの時間が限られており、譜面を探したり取り寄せたりする時間はありません。そのためYouTubeで音源を聴き、耳コピーで譜面を書き上げるという方法を取っています。たった一晩で曲の構成やアレンジ等すべての準備を行っています。
演奏者に必要不可欠なのが「絶対音感」。一瞬のうちに音符の並びがわかる絶対音感と、優れたアレンジの技術とセンスが求められます。
エレクトーンの生演奏だから実現できるアレンジ
エレクトーンには1000種類を超える音色が内蔵されており、世界中の楽器の音、電子音、効果音、歌声など、あらゆる音色を用いてさまざまなジャンルの音楽が演奏できます。ピアノなどの独奏から、フルオーケストラまで、自在に各楽器の音を組み合わせることが可能です。
葬儀には向かない軽快で元気な楽曲も相応しいアレンジで演奏してくれるので、ジャンルや曲想、歌詞に左右されず、本当に好きだった曲を選べます。
電子楽器であるエレクトーンを使った演奏のため、葬儀のためにアレンジした楽曲を記念CDとして残すことも可能です。
三回忌、七回忌、十三回忌・・・と、法要のたびに、故人の思い出の曲を聴きながら、故人のことを思う時間を作れます。
※エレクトーン(Electone)は、ヤマハ株式会社が製造販売する電子オルガンの商品名であり、同社の登録商標です。
心の音社代表の中村さんにインタビュー
【編】
まずはじめに、簡単な自己紹介をお願いいたします。
エレクトーン奏者・アレンジャーの中村麻由です。エレクトーン奏者だった母の影響で3歳からヤマハ音楽教室に通い、エレクトーンとピアノを始めました。
お葬式やセレモニーでの献奏以外にも、ディズニー映画の公開イベントやコンサート、朗読劇など様々な演奏活動を行っています。演奏以外でも、企業のイメージモデルや広告、CMやラジオ出演等の活動をしています。
この夏は『東京オリンピックの選手村 映像コンテンツ』で、日本特有の楽器「エレクトーン」を紹介するための演奏を行いました。
【編】
東京オリンピックの映像コンテンツ!すごいですね。
中村さんが「献奏」のサービスを開始しようと思ったきっかけを教えていただけますか?
大学卒業と同時に、目指していたエレクトーン奏者として大手の音楽企業に所属することができましたが、実際のお仕事は楽器販売促進や音楽教室の生徒募集を目的としたものが多く・・・。演奏家というよりは、実演販売士のようなイメージでした。
人が大勢行き交う繁華街やショッピングモールのイベントステージなど雑踏に埋もれて演奏することも多く、華やかで楽しい一方「誰かの役に立っているのだろうか」と音楽をやっている意味が見出せない時期があったんです。そんな時に依頼を受けたのが、セレモニーでの演奏でした。
故人様の人生最後の日に演奏をさせていただくという大きな責任を伴う仕事であり、参列した人々の記憶に一生残るかもしれない演奏をするというのは、他のお仕事では決して味わうことのできない特別なやりがいを感じました。
誰かの心の支えになったり、感情を後押ししたり、涙を流していただいたり・・・。音楽をやってきて、初めて人のためになれているような気がしたんです。そういった思いから「献奏」をやっていこうと「心の音社」を設立しました。
何故か幼い頃から、ペットが死んでしまう度に曲を作って残していたんですよね。ペットとの思い出と死んでしまった悲しみを忘れないために作った曲です。このお仕事に出会った時には、なんだか運命を感じましたね。
思い出として、残された人の心の中で生き続けられるように
【編】
他の仕事では味わえない緊張感や充実感がありそうですね。そして参列者の心に寄り添うための表現力が求められる、とても難しい仕事だと思います。
お葬式で「献奏」を行うことは、どういった意味があると考えていますか?
大切な人が亡くなってから、最後のお別れの瞬間まではわずかな時間しかありません。特に参列者は、告別式のたった1時間余りでお別れをしなくてはなりません。
形式通りの葬儀の中では、読経や焼香、弔電拝読や喪主挨拶、お花入れ・・・。なかなかゆっくりと故人に向き合い、思いを巡らせる時間がないんです。
仏式であっても「献奏」の時間を設けることで、故人の思い出の曲を聴きながら、参列者一人ひとりが思いを巡らせるひと時を作りだすことが大切だと考えています。
「音楽は嫌いだ!」
「音楽など聴いたことがない!」
という人をはなかなかいないと思います。
音楽は意識せずともいつも側にあって、時代を映しながら人生に寄り添っています。好きだったテレビ番組の曲、受験勉強しながら聴いた歌、青春時代に流行った曲、失恋ソング、応援ソング、家族みんなの思い出の歌・・・。懐かしい曲を耳にすると、その頃の出来事を思い出すだけで無く、感情や感覚までもリアルに呼び起こされたという経験はありませんか?
人は二度死ぬと言われています。一度目は肉体的な死、二度目は、人々の記憶から消えた時にこの世から完全に消えてしまうという意味の死です。
お葬式で献奏をすることで、残された人々の記憶に、故人様が好きだった曲と共に故人様が刻まれ、またどこかでその曲を耳にした時に故人様を思い出していただくきっかけになればと思っています。
「献奏」とは、故人様が残された人々の心の中で少しでも長く生き続けられるように、行うものなのです。
そして、亡くなっても「最後まで聴力は生きている」と言われています。献奏は、故人様にしてあげられる「最後の贈り物」です。
【編】
記憶と音楽の結びつきってすごいですよね。私も音楽を聴いて思い出が蘇り、涙が出そうになったり、温かい気持ちでいっぱいになったりした経験があります。
私は音楽には不思議な力があると思っています。音楽が結びつくだけで、記憶はより深く鮮明に残るんです。
また、献奏は「故人様へ音楽を捧げる」「故人様の人生最期を彩る」という役割だけではありません。残された人たちが故人様のいないこれからを生きていくため、「悲しみを癒し慰める役割」もあると思っています。
悲しい時に涙を流すことは、心にとって大切なことです。どんな曲も丁寧にコードを付けて、その場の雰囲気に沿った感動的なアレンジすることで、参列者の皆様の心に寄り添い、感情を後押しできるよう心がけています。
悲しみだけではなく生き様まで表現できるアレンジに
【編】
悲しみを受け入れる時間が必要ですもんね。ゆっくりと音楽を聴くことは心の整理の時間にもなりそうです。
実際によく選ばれている曲はなんですか?
「川の流れのように / 美空ひばり」
「千の風になって / 秋川雅史」
「ふるさと /童謡」
これらはよく選ばれますね。
珍しい楽曲では「ドラゴンクエストのファンファーレ(吹奏楽)」。若い男性のご葬儀で、明るく送ってあげたいとのご希望からご出棺時に演奏しました。
その他にも「琴」で演奏する「春の海」をリクエストされた方もいました。お琴の師範だった70代女性のご葬儀で、参列者は琴の生徒さんが多く、すべてお琴の音色で演奏すると大変喜ばれました。
この2曲は特に、エレクトーンだからこそ演奏できた楽曲だと思います。
特殊な楽器の奏者は探すのが難しい上、ご葬儀での演奏に慣れていないことも多く、葬儀の雰囲気に合った演奏をすることが難しい場合が多いです。エレクトーンであれば、葬儀を熟知した奏者が、あらゆる楽器をご葬儀の雰囲気にあったアレンジで演奏することができます。
思い出の楽曲は、ご葬儀の雰囲気に合う楽曲ばかりではありません。以前に葬儀担当者から、『「葬儀には合わないから」という理由で、一番好きだった曲を諦めなければならないことがある』と聞きました。
でもそれってすごく寂しいですよね。だからこそ私は、どんな曲もご葬儀の雰囲気に合うアレンジにするよう心がけています。
私自身の人生の中だけでは、決して出会うことのなかった楽曲に出会わせていただき、その曲にまつわる故人様やご遺族のエピソードから、お人柄や背景を想像し、その曲を「どうアレンジして、どう演奏するか」を考えることは、このお仕事の醍醐味ですね。
【編】
お葬式にあったアレンジだけでなく、故人さまのお人柄などにも合わせてアレンジされるんですね!
はい。献奏曲は、ただただ悲しみを表現するのではなく、故人様の人生が素晴らしく偉大だったこと、葬儀式は人生のフィナーレで旅立ちであることも意識して、1曲の中にもストーリー性を持たせています。
悲しみはピアノなどを用いて表現することが多く、楽曲の終盤に向けて人生の壮大さやフィナーレを意識して、オーケストラの構成にすることが多いです。
私はミュージカルの鑑賞が大好きなんです。ミュージカルは全編音楽から成り、全てのセリフが音楽に乗っています。喜怒哀楽が全て音楽で表現、演出されているので、そういった感情の表現や場面の雰囲気にあった音楽の付け方は、ミュージカルから学んでいる部分も多いかもしれません。
【編】
ただ悲しい曲よりも胸にくるものがありそうです。ひとつの楽器でオーケストラの構成ができるエレクトーンだからこそ表現できるものですね。
はい。エレクトーンでの生演奏は変幻自在なのでどんなアレンジでもできるんです。この大切さを感じたご葬儀がありました。セレモニーのお仕事に出会ってすぐの頃のご葬儀です。
幼い3姉妹と旦那様を残して、ガンで亡くなられた女性のご葬儀でした。3姉妹の末っ子は4歳になったばかりで、まだ「死」を理解するのが難しい年齢だったのか、たくさんの人が集まった葬儀式で無邪気にはしゃいでいました。その様子が参列者の悲しみをより一層深いものにしているようにも感じました。
献奏曲は、旦那様が選ばれた 近藤真彦の「ギンギラギンにさりげなく」。生前故人様が大ファンで、結婚前には2人でコンサートに出かけた思い出深い曲とのことでした。
けれどこの曲はご存知の通り、ご葬儀のイメージとはかけ離れたとても軽快でノリの良い曲です。原曲のイメージを崩さずに演奏すべきか、それともご葬儀にふさわしいアレンジを施すべきか・・・、とても迷いました。
選曲時、旦那様は「この曲は葬儀には合わないから・・・」と他の曲にすべきかと悩んでおり、思慮の末「たとえ葬儀に合わなくても、妻はこの曲が一番好きだったから」と、この曲に決められたそうです。担当者からこのお話を聞き、葬儀にあったアレンジにすることを決めました。
涙が頬を伝うイメージでアレンジしたピアノのイントロから始まり、フルートの優しい音色でしっとりとメロディーを奏で始めると、気丈に振舞っていた旦那様が、声をあげて泣き始めました。会場全体からも多くの人のすすり泣く声が聞こえました。
曲の終盤は、故人様の人生が素晴らしいものだったことを想像し、弦楽器で壮大に、そしてドラマチックなアレンジにし、旅立ちを見送る気持ちで演奏しました。
最後に旦那様から「この曲を選んで本当に良かったです。ありがとうございました。」と声をかけていただき、ご葬儀に合わせたアレンジにしたことは良かったのだと分かりました。
エレクトーンの生演奏の意義は、「”ご葬儀にふさわしいかどうか”ではなく、”本当に好きだった曲”を選曲できるところ」にあるのだと、私自身も気付かされたご葬儀です。この経験が今の演奏スタイルを作っています。
故人と過ごす最後の時間・空間を作り出す「献奏」
【編】
やっぱりお葬式の場に合うアレンジがあった方がよりふさわしいですね。
この仕事をやっていて、よかったと思うことを教えてください
まず、23歳という若い頃にこの仕事に出会えて本当に良かったと思っています。
様々な人の死に触れ、遺族の悲しみを目の当たりにすることで、健康であることが、何もない日常が、どれだけ有難いものなのかを痛感しています。
喪主様のご挨拶を聞いていると、祖父母や親が元気で一緒に過ごせる時間は決して長くはないこと、また後悔や 逆にしてあげられて良かったことなど、何か教えられているような気がして・・・。遠く離れて暮らしていても家族のお誕生日や記念日をできる限り一緒に過ごすようになりました。
家族旅行を積極的に計画し、頻度も増えました。また、「モノより思い出」という価値観にも変わりました。
大切な人を亡くし、悲しんでいるご遺族や参列者を見ていると、誰もが愛し愛されているのだということを実感します。
日常の中では、例えば、道で思い切りぶつかって謝らない人を見ると、とても嫌な気持ちになりますが、「この人も誰かの大切な人で、誰かを大切にしているのだ」と思うと、気持ちが穏やかになります。小さなことにくよくよしなくなりました。
演奏者としての成長は勿論ですが、人としての成長をさせていただいていると思います。
【編】
当たり前だと思いがちですが、健康に生きていられることは素晴らしい奇跡でもありますよね。私もお話しを聞けてよかったです。一日一日を大切に生きていこうと思います。
最後に、読者にメッセージをお願いいたします。
「献奏」は、故人様との「最後の時間」、そして一緒に過ごす「最後の空間」を、思い出の音楽が包み込み、作り出します。
故人様お一人おひとりの思い出の楽曲をオリジナルアレンジで、心を込めて演奏いたしますので、「献奏」という選択肢をもっと多くの人に知って欲しいと願っています。
葬儀のデスクより
故人や家族の意思を反映したお葬式を望む人は増えています。故人には最後の贈りものとして、自分たちは故人を失った悲しみを受け入れ癒すためにも「献奏」を行うのも良いかも知れません。
中村さん、お話しを聞かせてくださり誠にありがとうございました!