尊厳死1~尊厳死とは何か|尊厳死の歴史や安楽死・自然死との違いを解説

尊厳死とは何か|尊厳死の歴史や安楽死・自然死との違いを解説

「尊厳死」という言葉。何となく聞いたことがある・・・という人も多いでしょう。似た表現に「安楽死」や「自然死」があります。

自分や大切な人の最期を考えるとき、言葉の違いを理解することから始めるのもひとつです。

「尊厳死」の言葉の定義や歴史、「安楽死」や「自然死」との違いも解説します。尊厳死を知りたいという人に向けた内容です。


 尊厳死とは

尊厳という言葉を辞典で調べると『とうとくおごそかで、おかしがたいこと』(広辞苑第7版)と書いてあります。

なんとなく、モヤモヤする表現だと思う方も多いでしょう。しかし、哲学者や聖職者が尊厳について考え続けてきた歴史を考えると、そう簡単に定義できないことともいえます。

一方で尊厳死は、以下のように定義されています。

『一個人の人格としての尊厳を保って死を迎える、あるいは迎えさせること。近代医学の延命技術などが、死に臨む人の人間性を無視しがちであることへの反省から生まれた概念』

尊厳死は英語の「death with dignity」を訳したもので、「death」は「死」、「dignity」は「尊厳」ということです。

dignityを英英辞典で調べると国語辞典よりはっきりと説明されています。

『あなたにしかない価値や大切さという感覚』(筆者訳)

戦争や奴隷制度などによって人が人として扱われずに尊厳が侵されることを想像すると、尊厳の意味をイメージしやすいのかもしれません。

終末期医療の先駆者であるエリザベス・キューブラー・ロスは、弟子に「生きている人間に対する正しい接し方を覚えていれば、死にゆく人の権利を覚える必要はありません」と話しました。

世界人権宣言で「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」とあるように、尊厳はあらゆる場面において守られるべきもので、健康な状態である人と死に直面した人で区別する必要はありません。

それにも関わらず死の場合に特化した表現があるのは、医療の現場で患者の尊厳が守られていなかった過去があるからです。

死を迎える場面では、患者が自発的に何かをすることが困難になります。患者は受け身の状態になるため、関わる人間が細心の注意を払わないとその人の尊厳を侵してしまう危険性が高まるのです。

では、どうすれば尊厳が守られた死を迎えられるのでしょうか。様々な議論が交わされてきましたが、いまだ「こうすれば良い」という方法論は確立されていません。

国によって尊厳死に含まれる医療行為に差があるのもこのためです。尊厳死と表現するとき、「尊厳のある死を迎えられるように」との目的は明らかですが、具体的な行為の内容は定義されていないのです。

自然死とは老衰による死のこと

自然死とは、老衰による死のことです。2018年の厚生労働省の調査で、老衰は死因の第3位になりました。

高齢者の場合、何らかの慢性的な病気を持っていたとしても、直接の死因にならないことがあります。高齢で死に至るような病やけががなかった時に老衰と診断されるのです。

老衰の進行には個人差があり、何年もかけて徐々に死へと向かうこともあれば、数週間で亡くなる人もいます。

安楽死とは薬を投与し自然死を待たずに死ぬこと

安楽死とは、医師が薬を投与して死なせる行為と、医師が致死量の薬を処方しそれを患者本人が飲む自殺ほう助があります。これに関しては別の記事で詳しく解説しているので参考にしてみてください。

尊厳死の歴史

尊厳死(death with dignity )という概念が誕生したのは、1976年アメリカのニュージャージー州最高裁判所の判決とされています。

21歳のカレン・アン・クライランは急性薬物中毒により意識のない状態(いわゆる植物状態)になりました。その約5カ月後に彼女の父親が人工呼吸器を外し死ぬ権利を認めてほしいと提訴。地方裁判所では認められず、州最高裁判所に上告。そこでようやく人工呼吸器を外すことを認められたのです。

しかし、人工呼吸器を外した後すぐには亡くならず、意識が回復しないまま9年間過ごし、最後は肺炎で亡くなりました。

これは日本でも大きく報道され、その際にマスコミが尊厳死と表現しました。

これまでの医療は常に治癒を目標とし、それに対し最善をつくすべきだという考え方が主流だったのです。

不治の病で回復の見込みがない人にもあらゆる治療が施され、機械やチューブにつながれ最期を迎える人も少なくありませんでした。

これによって世界的に終末期患者の治療がどうあるべきか議論されるようになります。その結果、尊厳死=延命治療をしないことというイメージが一般化していったのです。

1981年に国際医師会の患者の権利に関するWMAリスボン宣言において「患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する」という文言が採択され、日本では1983年に日本安楽死協会が日本尊厳死協会と改称し、大きな影響を与えました。

1994年日本学術会議は「尊厳死について」をとりまとめ、その中に延命治療の中止は自然に死を迎えさせるための措置であり、その場合の死は自殺でもなければ医師による殺人でもないことが記されました。

その後も日本では医師が終末期患者に薬剤を投与する、人工呼吸器などの治療を中止するなどして患者を死に至らせたという裁判が行われています。

それらの判例をもとに、2007年に厚生労働省は『終末期医療の決定のプロセスに関するガイドライン』を公表。

最終的には2018年に改訂された『人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン』となっています。

2012年に超党派の国会議員連盟が「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」を提出しましたが、患者の権利などの基本法がなく法制化を検討する基盤がないことなどを理由に、現在は宙に浮いた状態です。

日本尊厳死協会が終末期における延命治療への医師を示したリビングウィルを残すことを推奨していることもあり、日本では尊厳死=延命治療をしないことというイメージが浸透したままとなっています。

日本における尊厳死

日本における尊厳死

尊厳死には、法律による定義はありません。厚生労働省も明確な定義しておらず、尊厳死の具体的な流れも示していません。

その代わりに回復が見込めない状態でのどのような医療やケアを受けたいかは、患者の意思を尊重するというガイドラインを作成しました。

患者は治療の差し控えや中止を決定することができるとありますが、具体的な規定はないためその場の裁量に任せられているという状態です。このガイドラインでは尊厳死という表現はありません。

多くの病院では心臓マッサージ、人工呼吸器、経管栄養などをするかしないか、している場合は中止するか否かを患者の意思で決定するとしています。

しかし医師の免責が法律で定められていないため、すぐに死に至るような治療の中止は医師によっても意見が分かれるというのが現状です。

安楽死と自殺ほう助

安楽死も明確な定義はありません。しかし安楽死と表現したとき、その行為の内容によって3つに分類することができます。

1. 積極的安楽死
医師が薬を投与して患者を死なせること

2. 医師による自殺ほう助
医師が致死量の薬を処方したり、点滴の準備をしたりして、最終的な投与は患者自身が行うこと

3. 延命治療の差し控えや中止(消極的安楽死と表現されることもあります)
人工呼吸器や人工透析、人工栄養など中止すれば短期間で死に至るような治療を行わないことで患者を死なせること

日本では「1」と「2」には罪に問われます。「3」に関して法整備はないものの、厚生労働省のガイドラインに沿ったものであれば、医師が罪に問われることはないとされています。

尊厳死=延命治療をしないことではない

日本では多くの人が「尊厳死=延命治療」をしないと認識しているようです。尊厳死とは尊厳が守られた死という意味なので、方法はその人に合ったものでよいのです。

著者の経験したケースを紹介します。

50代の末期の肺がんの男性。状態が悪化し、人工呼吸器が必要になったとき奥様はこう言いました。

「人工呼吸器をつけてください。彼は治りたいと言っていました。私たち家族もあきらめません。」

医師も看護師もがんの末期で残念ながら効果的な治療がないと説明しました。人工呼吸器を装着すると眠った状態になること、会話ができなくなること、顔がむくむなど見た目の変化もあることなども丁寧に話しました。

しかし奥様ははっきりとおっしゃいました。

「かまいません。できる限りのことをしてください。」

そうして患者さんは人工呼吸器を装着することに。その後も奥様やお子さんたちは以前と変わらず面会に訪れ、以前と全く変わらずに患者さんと関わっていました。

その日にあった何気ないことを話したり、患者さんを囲んで食事をしたり。病室はいつも温かい雰囲気で、穏やかな時が流れていました。

それを見て医療スタッフは延命治療が不幸を招くという価値観を押し付けていたことに気づかされたのです。

その後、2週間ほどで患者さんは亡くなりましたが、最後に奥様はこう話されました。

「彼は頑張りました。これで彼は納得できたと思います。」

人生の最期を無機質な病室で、機械やチューブだらけの状態で心臓マッサージをされながら、家族が手を握る間もなく亡くなるのは辛いと考える人は少なくありません。

そのためそのような死を避けるため、延命治療をしない方がよいという考え方が広まっています。

しかし、延命治療をしない=尊厳が守られるということではありません。その人の尊厳を守るのは外的な条件が揃うことによってではないのです。このケースも尊厳死と言えるのではないでしょうか。

尊厳死という言葉は時代遅れ?

現在の日本において、死にゆく人にも無条件でありとあらゆる延命処置をするため、治らない患者は医師に見捨てられるということはありません。

尊厳のある死のために何をすべきかということを考え、できる限りのことをしようというのが根本の考えです。

死にゆく患者が人として扱われない時代ではなくなりました。こうなると、尊厳死に賛成か反対かという質問は意味を持たないのかもしれません。

「延命治療の中止は尊厳のある死に寄与すると思うか?」
「法律で尊厳のある死を定義すべきだと思うか?」

具体的な議論をする時代になったと考えられます。報道などでは尊厳死という言葉を用いていますが、それがどのような行為を意味するのかをしっかりと吟味することが大切です。

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