「リビングウィルとは何ですか?」という問いに、あなたならどう答えますか?
ある調査では約半数の人が意味も含めてよく知っているとのこと。(日本医療政策機構による2017年日本の医療に関する世論調査)
しかし、実際に作成している人は5%以下です。(厚生労働省平成29年度 人生の最終段階における医療に関する意識調査)どのようなものか理解していても、かたちにするのが難しいリビングウィル。
現在の日本では法律がなく、定義や書式が定められていないのが、作成している人が少ない要因のひとつです。入門編として、取り組む前に知っておきたい大切なことを解説します。
■リビングウィル入門編~実践編もくじ
- リビングウィル1~入門編|始める前に知っておきたい大切なこと
- リビングウィル2~入門編|人生の最終段階における医療の決定プロセスとは
- リビングウィル3~発展編|アドバンス・ケア・プランニングの内容を具体的に解説
- リビングウィル4~発展編|延命治療について理解を深めましょう
- リビングウィル5~実践編|書式やポイントを解説します
もくじ
リビングウィルの定義
livingとは「生きている」、willは「意思・願い」という意味です。リビングウィルは直訳すると「生きている意志」ということになります。「誰の?」というのはもちろん自分。「自分が(自分らしく)生きているための意思表示」という意味になります。
現在の日本において、法律による明確な定義はありません。厚生労働省では「自分で判断できなくなった場合に備えて、どのような治療を受けたいか、あるいは受けたくないかなどを記載した書面。」と説明しています。日本尊厳死学会では「終末期医療における事前指示書」としています。
尊厳死と安楽死
尊厳死と安楽死も法律で定められていないため、明確な定義はありません。日本病院会の説明によると、尊厳死とは「自分が不治かつ末期の病態になった時、自分の意思により無意味な延命措置を差し控えまたは中止し、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えること。」です。
安楽死については「積極的な方法で死期を早めることで、医学的介入による積極的安楽死は容認できない。」としています。尊厳死と安楽死のボーダーラインはとても難しく、過去には訴訟になったケースも数多くあります。平成19年に厚生労働省によってガイドラインが示されてからは、訴訟の件数は減少傾向にあります。
日本の終末期医療は患者ファースト
薬の投与などによって明らかに死を早める行為は、殺人や自殺ほう助の罪になります。しかしそれ以外に関して法律はなく、リビングウィルの書式は自由です。治る見込みがない状態であると判断するための条件も、詳細には明らかにされていません。
つまり現在の日本では、その場で患者や家族、医療従事者が話し合いによって決定することが許されているのです。
個別性の強い終末期を法律で縛るのではなく、関係者の最善を追求する善意と努力に委ねられているといえます。アメリカなど法律がある国は、分かりやすさはあるものの、法律が想定しない事態にある患者が苦しんだというケースもあります。日本の終末期医療は患者の意思を最大限に尊重することができるのです。
最期のときは誰にも分らない
医療従事者であっても、最期のときを想定するのは難しいことです。「どのような治療を受けたいか?」と聞かれても、多くの人は答えに困るでしょう。ある程度知識を得たとしても、次に迷うのは何をいつまでするかということ。
例えば「延命処置は不要。なるべく苦しまないようにしてほしい。」という希望があるとします。「家族が遠くにいる場合、会うまでは生きていたい。」「突然だったら、自分自身も心の整理がつかないかもしれない。」など、状況によっては希望が変わるかもしれません。ありとあらゆる状況を想定するのは不可能です。リビングウィルが普及しない要因のひとつは、最期のときを想定できないところにあります。
最終的に判断をするのは自分以外の人
仮にリビングウィルを書いたとします。次に問題になるのはそれを執行するとき。自分の意思を表現できない状態で、最終的な判断は自分以外の人が行います。
例えば医師により、人生の最終段階であると判断されたとします。自分は人工呼吸器を中止ほしいというリビングウィルを残していた場合を考えましょう。呼吸を助ける人工呼吸器を外せばすぐに死に至る可能性があります。それを今日するのか、明日するのか。これを決めるのが医療従事者と家族ということになります。大切な人の死を決めるのが自分だとしたら・・・。その悲しみや葛藤は想像できるのではないでしょうか。
周囲が知りたいのは、あなたが選択した理由
最終的な判断をする人々は、あなたがなぜそれを望んだのかということを考えます。なぜその選択をしたのか。苦しみを避けたいのか、経済的な理由なのか、家族の負担を考えているからなのか。理由が分かれば考えることができるからです。あなたの最期のときにそばにいる人は、あなたが幸せな死を迎えることを望んでいます。あなたがどのような人生を送ってきたのか、大切にしていたものは何か、あなたが自分に何を望んでいるか。戸惑いながらも、精一杯あなたに心を寄せ、考え抜きます。
リビングウィルに取りかかる前に
おそらくあなたは、自分自身の意思と同時にそばにいる人のことを想うでしょう。自分の意思は大切な人を悲しませないか、負担にならないか。誰かのことを想うとき、自分のことが置き去りになってしまうことがあります。
まずは、自分の心に問いかけてみましょう。私の人生はどのようなものだったか。楽しかったこと、うれしかったこと、感動したこと、努力したこと、悲しかったこと、辛かったこと、後悔していることなどを思い出してください。
そして今の自分は何を大切にしているか、どのようなときに心が穏やかになるか、できれば紙に書き出してみましょう。その紙を誰かに見せる必要はありません。自分と向き合うために、思うがまま表現してください。
医療の指示を書くことにこだわらなくてよい
「私の人生はこうです。大切にしてきたことはこれです。こういうことはとても苦手だし、嫌いです。」と自分のことを整理できても、実際の指示は決めかねるのではないでしょうか。
その場合は素直に「実際の指示はまだ悩み中です。」としてよいのです。
ただ単に延命治療を希望しないと書かれているより、あなたの人生や価値観が記されている方が周囲の人々にとって助けになるでしょう。
これはあなたがリビングウィルを託される側になったことを想像すれば、分かるのではないでしょうか。
意思は変わるもの、時々見直してみることも大切
人は変わります。考え方も置かれている立場も変化します。それによって意思も変わるかもしれません。むしろ、ずっと同じであることの方が不自然です。
自分の誕生日など、節目のときにあらためて見直してみましょう。
「これを書いたときにはこんな風に考えていたな。」と思うことで、さらに深く自分を見つめることができるでしょう。変化することもしないことも、それ自体は悪いことではありません。「こうあるべき」ということにとらわれず、自分の素直な気持ちを確認することが大切です。
自分を見つめることは生きることにつながる
自分自身と向き合ったとき、「どのような死を望むか」を考えたとき、「どう生きたいか」ということが見えてきます。これは今自分が何をするかという選択に大きな影響を与えます。それまで何となく過ごしていた日々を大きく変えることでしょう。
自分がどんな人間でいたいかということは、人間関係や仕事、社会貢献や余暇など全てにおいての基本となるものだからです。リビングウィルを取り組むことは、生きることを見つめなおすことでもあります。
大切な人に話してみる
あなたの大切な人に、意思を話してみてください。残念ながら話せそうな人がいない場合は、未来のあなたに宛てた手紙でもよいです。
いきなり「私の最期のときの希望は・・・」と切り出すと、相手はびっくりするかもしれません。まずは自分を見つめた内容について語ってみましょう。
かしこまって話すのはちょっと気がひけるという人は「昔、こんなことがあったなぁと思い出したんだ。」「今はね、こういうことを大切にしているよ。」など、日常の会話としてでもかまいません。少しずつ自分を表現してみましょう。
リビングウィルはあなた自身を表現することが何よりも大切です
リビングウィルの書式は、かんたんにインターネット上で手に入ります。形式にとらわれるのではなく、あなたらしさを大切にしてください。
そのためにも自分の人生や価値観を見つめなおし、言葉にしてみましょう。自由に思いつくまま紙に書くことで、あなた自身でさえ気付かなかった自分に出会えるかもしれません。