リビングウィル3~発展編|アドバンス・ケア・プランニングの内容を具体的に解説

リビングウィル3~発展編|アドバンス・ケア・プランニングの内容を具体的に解説

厚生労働省によって「人生会議」と愛称をつけられた、アドバンス・ケア・プランニング。頭文字をとり、「ACP」と表記されることも。

アドバンス・ケア・プランニングは、人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスのことです。人生会議を通して「自分の人生の最期はどのようにしてもらいたいか」ということを明らかにします。これを書面にしたのが、リビングウィルやアドバンス・ディレクティブ。

アドバンス・ケア・プランニングのプロセスはどのように進められるのでしょうか。今回は記事を読んだ方が自分のこととして想像できるよう、具体的に解説します。

アドバンス・ケア・プランニングは前提をしっかりと理解しておくことが大切です。この記事を読む前に、これらの一読をおすすめします。


アドバンス・ケア・プランニングのプロセスは大きく分けて3つ

アドバンス・ケア・プランニングのプロセスは、大きく3つあります。

1つ目は、現在の健康状態は良好もしくは持病があっても安定していて、もしもの時に備える場合。

2つ目は、持病で入退院をくり返したり、病状が進行したりしていて、人生の最終段階を自分のこととして考えている場合。

3つ目は病状が悪化し、死が近づいている場合です。

どれも話し合う内容に大きな違いはありませんが、優先順位が異なります。

一般的なACP

死を身近に感じていない人のACPは、不確実な未来に向けて仮定を立てた上で考えていきます。仮定として考える未来は、危篤状態になる原因も、不慮の事故や血管系の疾患など多岐にわたります。

人生の最期がどのような状態で、どのような治療がなされるのか想像するのは難しいでしょう。まずは自分の人生や価値観に向き合うことから始めてみてください。

突然の危篤状態において、最終的な決断は自分以外の誰かがすることになります。決断を委ねる人が自分のことを十分理解してくれ、自分の代弁者になってくれるよう、あなた自身のことを語ってみましょう。

健康に問題がない状態では自分も周囲も死を身近に感じることはないかと思います。話を切り出すタイミングが難しいかもしれませんが、誕生日や結婚記念日などの節目に話してみてはいかがでしょうか。いきなり危篤状態を想定した話をするのではなく、振り返った人生で気づいたことなどから話すのもよいでしょう。

病気が進行しているときのACP

医師から余命宣告されたり、急変リスクを指摘されていたりする場合、死をとても身近に感じるのではないでしょうか。

自分がもう治らないと知った時、多くの人は動揺します。これは当たり前の反応ですが、普段の自分と異なる精神状態で重要な決断をするのは難しいかもしれません。まずは、自分自身や周囲の人が心の不安定を認識することが大切です。この時期は主治医が決まっており、担当の看護師などの医療従事者がサポートしてくれます。家族には言いにくいことも、他人である医療従事者であれば表現できるかもしれません。

医療従事者はプロです。「これを言ったら変に思われるかも」「何度も同じことを聞いたら迷惑かな」などと思う必要はありません。治療や予後に関して納得できるまで質問してください。どんなに細かいことでもひとつひとつ理解していくことで、自分の今後を想像できるようになります。また「今はそれを考えることができません」「家族と話し合うことが辛いです」などできないことも素直に表現してください。ACPは苦痛を乗り越えて何かを決めるためのものではありません。ありのままの自分を表現することで、何を大切にしたいのか、どうすればそれができるのかをチームで考えるためのものです。

病気が進行しているときの話し合いの内容

病状や今後の見通し、治療やケアの選択肢、それを受ける場所などについて話し合われます。これは主に医療従事者からの説明を理解することになりますが、「自分はもうだめかもしれない」「先生が言うほど深刻でない気がする」など自分の感覚を率直に表現することも大切です。

また、急変時に備えて代理決定者も明らかにします。法律上の規定はないので、家族以外でもかまいません。自分の代弁者となってもらえるよう、自分のことを理解してくれていて話し合いに参加できる人を選びましょう。

代理決定者は重責を担うことになるので、精神的にも負担が大きいかもしれません。代理決定者も医療従事者を頼ってください。

場合によっては、患者本人がいない状態で代理決定者の気持ちを表現することが必要です。さらに深刻な状態になったときも想定することになります。

危篤になり回復の見込みが乏しい状態になった場合、どのような治療やケアを望むかということです。具体的な治療やケアを想像できない場合は「苦しくないようにしてほしい」「なるべく家族と一緒に過ごしたい」などの希望を整理するだけでもかまいません。

死が近づいた時のACP

多くの医療機関では、延命治療をするかどうかを本人や家族に確認しています。延命治療とは、心臓マッサージや人工呼吸器の使用などです。

また、意識がなくなった場合の代理決定者も再度確認します。この時点では、かなり死期が近づいていると考えてください。そのため本人は話し合いに十分に参加できない可能性が高いです。

意識がはっきりとしていても、「最期のときを話し合うのははばかれる・・・」ということもあるでしょう。決して死を急ぐわけではありませんが、本人や家族はそのように感じることも多いようです。この段階になる前に本人の人生や価値観を共有し、延命治療について意思を明らかにしておくことが重要です。

もちろん、実際にそのときになって変更することもできます。しかし、状態によっては変更しても効果が得られない、状態が悪化しすぎて変更した治療を行うことができないということもあります。本人も家族も医療従事者も「そのとき」になってみないと分からないことはたくさんあるのです。「決めたから安心」というより、「変えてもいいのだ」「変えたいと思ったら相談していいのだ」ととらえておくことが大切です。

具体的なACPのプロセスを紹介

具体的なACPのプロセスを紹介

自身のこととして考えられるよう、アドバンス・ケア・プランニングの具体的なプロセスを紹介します。実際には途中で止まったり、戻ったりすることもあるでしょう。決定するというゴールに向かって突き進むのではなく、過程を大切にしてください。

まずは、自分自身と向き合ってみます。何が好きで、何が嫌いか。大切にしていることは何か。誰といると心が落ち着くか。今までの人生はどのようなものだったか、頑張ったことは何か。辛かったことは何か。今、心配だったり不安だったりすることは何か。

例えば「明日死ぬとしたら、今日は何をするだろうか。」という質問を考えてもいいでしょう。ここでおすすめなのは、紙に書き出すことです。誰かに見せる必要はありません。自由に、良いことも悪いことも書き出してみましょう。頭の中だけで考えるより、文字にする方が客観的に認識することができます。書き出した内容を眺めていると自分でも気づかなかったことがあるかもしれません。

次に、親しい方をなくした経験がある場合にはその時のことを思い出してみましょう。なければ映画やドラマなどでもかまいません。自分の最期はどんな感じだったらいいなと思うか書いてみましょう。

ここでは具体的な医療処置を書く必要はありません。「家族に囲まれていたい」「ぽかぽかして気持ちのいい感じがいい」「海の見える場所がいい」「好きな音楽が流れていてほしい」「みんなにありがとうと伝えたい」などイメージを膨らませましょう。「子どもに最後まであきらめない姿を見せたい」や「周囲の人にこんな風に思われたい」なども書き出します。一度に完成させる必要はなく、何日かに分けてもかまいません。

書き出したものをじっくり眺め、数日あけてまたじっくり眺めます。すると、このようなことに気づくのではないでしょうか。

「どのように死にたいか」と考えることは、「どのように生きたいか」を考えること。

ACPの原点は死ぬ準備ではなく、自分がどのように生きたいか、人生の集大成としての最期はどうありたいかということなのです。

ある程度自分を見つめたら、大切な人に共有してください。厚生労働省の調査では、自分の人生の最終段階を考えたことがある人は半数以上ですが、それを誰かと話した経験のある人は4割以下です。話すきっかけがないという理由が多いですが、縁起でもないと敬遠されがちでもあります。少しずつ日常会話の中で話すのも一つです。

また、「もしバナゲーム」というものもあります。トランプのようなゲームを通してACPを行うというものです。緩和ケア専門の医師がアメリカ版を参考に開発し、通信販売などで購入できます。厚生労働省によるパンフレットや市販のエンディングノートもあります。ACPはデリケートで個別性の高い内容です。マニュアルに沿って進めることは簡単ですが、一方で、型にはまってしまうというデメリットもあります。あくまできっかけや参考にして、進めていく過程の中で自分らしい方法を探していきましょう。

著者はこの記事の執筆中、小学1年生の息子にたずねました。

「もし、明日死ぬとしたら何をする?」

すると彼はこう答えました。「まずはお小遣いを全部つかって好きなものを買うかな。あとは、何かを成し遂げたい」と。「何を成し遂げたいの?」とさらに質問すると「うーん。やっぱり違うかも。いつもの一日を過ごしたいかも。学校に行って友だちとたくさん遊ぶ」との返答。「パパやママにこれをしてもらいたいとか、ここに行きたいとかはないの?」と問いかけると、「ぎゅーっとはしてもらいたいけど、特別なことはないよ。普通の一日がいちばんなんだ」と答えました。

その後は深くは話しませんでしたが、彼は彼なりに考える力があり、大切にしているものも垣間見ることができました。このように短い時間のやりとりでも少しずつ理解を深めていくことができます。考えたくはないですが、もし彼に万が一のことがあったら、私はこの会話を思い出すでしょう。

終末期医療の先駆者ですら迷う

アメリカの精神科医のエリザベス・キューブラー・ロスが1969年『死の瞬間』で5段階の死の受容プロセスについて提唱しました。これは終末期医療の先駆的な研究で、世界に多大な影響を与えたものです。彼女は死の近い患者と面談し、患者から「死への向き合い方」を学ぼうとしました。

そかそ、誰よりも死と向き合った研究者ですら、脳梗塞になり自分の死と向き合ったとき、穏やかではいられなかったそうです。死について考えるということは、これだけやれば十分というものはありません。どこまでいっても悲嘆や葛藤や不安がつきまとうでしょう。それでも、誰もが直面しなければいけない問題です。プロでも迷い取り乱すものなのだととらえることと、少しは気持ちも楽になるのではないでしょうか。迷い取り乱してもいいのです。

 ACPに参加しない人は気をつけて意見すること

ACPに参加していない人の言動は、時に本人や今までACPを支えてきた人にとって、負担になってしまう場合があります。

深刻な病気になったことを友人に報告した、危篤で遠方の親戚が駆けつけたなどのケースを考えてください。「新しい治療がある」「よい病院を教えるよ」など患者のためを思ったアドバイスをしてくれるかもしれません。場合によっては「点滴もしないなんてかわいそうだ」「苦しそうな顔をしている」など批判的な意見がでる可能性もあるでしょう。これらの発言に悪意がなくても、振り回されなくてもいいのです。ACPの過程を知らない人はその人の物差しでしか現状を把握できないからです。

分かりやすい例を紹介します。想像してみてください。

あなたは就職活動を終えた大学4年生です。お正月で親戚が集まり、宴会をしています。1年に1度くらいしか会わない伯父さんにこう言われました。「君ももうすぐ社会人だね。ところで、なぜあの会社にしたのかい?業績が悪化しているみたいだけど。」

伯父さんは純粋に心配をしているだけなのかもしれません。適切なアドバイスをしたと思っている可能性すらあります。

ここで問題なのは、あなたの就職活動の様子や、その会社を希望した理由、今の心配事など何も知らない伯父さんが、否定的な口出しをしていることです。仮に業績が悪化していても、先のことは分かりません。業績は回復するかもしれない、尊敬できる上司に出会えるかもしれない、仕事が楽しいと思えるかもしれないのです。その決定が正しいかどうかは誰にも分かりません。

「君ももうすぐ社会人だね。不安なことはあるかい?困ったときはいつでも力になるよ。叔父さんは君に頼られるとうれしいんだ。」

就職先が決定している相手に対して、その企業の悪い情報を知っていたとしてもわざわざ伝える必要はありません。決定してそれを実行しようとしている人にできることは支えることだけです。

ACPも同じです。まずは、自分自身が伯父さんのように余計なことを言わないようにしましょう。そして、もしこのような意見を言われた場合は、重く受け止めすぎないようにしましょう。どちらもとても大切なことです。


本人も周囲の人も納得できる最期を迎えるために(まとめ)

死と向き合うということは、一筋縄ではいきません。ガイドラインはあるものの、それに添えば安心というものでもありません。

しかし、その過程は自分自身を見つめ、大切な人や大切なものを想い、それを共有するということです。死について考えることではなく、「自分は最期までどう生きたいか」ということを考える前向きなことなのです。

「人生会議」というと肩に力が入ってしまうかもしれませんが、周囲に自身を知ってもらうための「人生小話」から始めてみてはいかがでしょうか。

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