尊厳死5~大切な人を看取る|最期のときがきたら

投稿:2020-11-17
尊厳死5~大切な人を看取る|最期のときがきたら

大切な人が最期を迎えようとしているとき、そばにいる人の心も揺らぎます。

家族を看取る経験が豊富な人は多くありません。死へ向かう道のりはそれぞれ違います。

初めての経験の中、そばにいる人は何ができるでしょうか。多くの人が「最期は穏やかに」と望みますが、実際にどうすればよいのでしょうか。

大切な人とお別れをする時のための心構えや行動などを解説します。

■尊厳死を考える~もくじ

死ぬのはみんな初めて

家族との死別を経験したことがあっても、その人はたった一人。他の誰かの看取りはまた違うものになります。

死にゆく人も含め初めてのことなのです。もちろん過去の経験が役に立つこともあるでしょう。

しかし、亡くなるのはこういうものだと決めつけるのは危険です。同じ人がひとりもいないように、死は全て異なります。

この記事の内容も「こうすべき」というものではなく「こんな記事を読んだな」と頭の片隅に置いておくとよいでしょう。このようなときはあなたの直感を大切にしてください。

監督・主演は死にゆく人助演はあなた

現在の日本で病院などの施設で亡くなる人は8割以上です。たとえ自宅であっても、医師や看護師がそばにいるのがほとんど。

亡くなる人と家族だけという状況は少ないでしょう。

そうなるとどうしても主体的に動けなくなってしまいます。医療従事者の指示を待ったり、居場所に困ってソワソワしたり、あなたが心のまま動くことがはばかられてしまうからです。

しかし、医療従事者はあくまで黒子。遠慮をする必要はありません。大きな声で名前を呼んでも、「死なないで」と言ってもよいのです。死にゆく人はあなたが精一杯のお別れをしてくれることを望んでいるでしょう。

死に目にあうことだけが全てではない

劇作家のつかこうへいさんの娘さん(元宝塚女優の愛原実花さん)は、舞台の直前にお父様の訃報を知らされました。

しかし「なぜか動揺しなかった」と話されています。つかさんは生前に「役者は親の死に目に会えないものなんだよ」と話していたそうです。

著者の経験では、このようなことがありました。

80代後半の奥様が入院されており、ご主人は毎日欠かさず面会に訪れ、面会終了時間ギリギリまで病室で過ごされていました。

もともとは脳梗塞の後遺症によっての入院でしたが、老衰のような状態。呼吸状態が悪化し、危篤と判断されてから数日、ほとんど1日中付き添われている状況。

そんな中、ご主人が院内の自動販売機に向かわれた5分の間に息を引き取られたのです。

私たちはご主人が動揺されるのではないかと心配しました。「そっか。かあちゃん、逝っちまったか。死ぬとこ見せたくなかったんだな。かあちゃんらしいな」ご主人は奥様のおでこをぽんぽんとたたいてこうおっしゃったのです。

死に目に会うことが全てではありません。それも人それぞれなのです。無理に「普通はこうだから」とういことに合わせてしまったらお互いの関係性が歪んでしまうかもしれません。

先回りしない 今を大切にする

医師から死が近づいていることを知らされると、どうしても葬儀の心配が頭をよぎります。

葬儀社はどこにするか、訃報を誰に知らせるか、ご遺体の安置場所や葬儀の内容はどうするか、料金はいくらなのか、考えれば考えるほど混乱することでしょう。

しかしどうか先回りをしないでください。あなたの大切な人は、心臓が止まり医師から診断を受けるまでは生きているのです。

後のことは亡くなってからで大丈夫。病院は患者さんを無理やり追い出すことはできないのですから。

葬儀の心配は、仕事などの調整、参列者に無礼にならないように、経済的なことなどではないでしょうか。これらは後からでも対処することができます。

どうか死にゆく人にあなたの心を寄せてください。例えば病室では葬儀の話をしない、もしくは話すのであれば、亡くなる人を話し合いの仲間に入れてください。

「お母さんは誰に電話してほしいかな?」
「遺影の写真どうしよう?〇〇ちゃんの結婚式のときのだと若過ぎちゃうかな?」
など話しかけてあげてください。

意識がなくて返事ができないかもしれません。しかし話し合いの輪に入ってもらうことで、亡くなる人も一緒に死の準備をすることができます。

亡くなる前の変化

亡くなる前の変化

死期が近いているなと分かるサインがあります。がん患者で延命治療をしない場合を解説します。他の病気でも似たような経緯をたどりますが、その様子にはもちろ個人差があります。

死の3か月くらい前から起こること

  • 外部への関心が低くなる、自分を見つめはじめる
  • 食欲が低下する
  • 眠っている時間が長くなる

体調は大きく変化していないのに、毎日の散歩に行かなくなったり、テレビを観なくなったり・・・。ぼんやり過ごしている時間が長くなります。好きな料理も「いらない」ということも。

その反面、自分のこれまでの人生を振り返るような話をします。家族からすると、だんだんと活気のない様子になるため「元気づけなきゃ」と思うことが多いようです。

この時はゆっくりと心も体も死への準備をしています。無理に活動をさせたり、食事をすすめたりするのではなく、やりたいときにやりたいことをさせてあげてください。

死の1か月前くらいから起こること

  • 移動が困難になる
  • 不思議なこと話すようになる
  • 急に体調がよくなることがある

 自分でトイレに行くことが難しくなり、寝たきりの状態になっていきます。

「おばあさんが会いに来た」「あの壁に虫がはっている」などの妄想が見られることもあります。

まるでその人の人格が失われてしまったよう感じることもありますが、そうではありません。すべてを鮮明に理解し考えることができたらその方が辛いのです。夢と現実をふわふわと行き来しているととらえましょう。

その人の発言を否定せず、「おばあさんが会いにきたのね」「殺虫スプレーをまくね」と夢に合わせることが大切です。

そんな中、急に体調がよくなることがあります。これは数時間から1日限定の奇跡的なタイミングです。もし「〇〇したい」と話したらその願いをなるべくかなえてあげてください。その後は急激に体調が悪化することも考えられますが、怖がらずに最期の思い出を作りましょう。

死の数日前から起こること

  • ほとんどの時間眠っている
  • 痰が飲み込めずに喉がゴロゴロする
  • 呼吸が不規則になる
  • 手足が冷たくなる

目を覚ますことがほとんどなくなり、呼吸が不規則になります。隣にいると息をしていないのでは?と不安に思うくらいです。

咳をしたり、痰を飲み込んだりすることができず、喉がゴロゴロと鳴ります。循環が悪くなり、手足が冷たくなります。いわゆる危篤状態です。医師は「会わせたい人がいたら、できるだけ早いほうがよいです」と話すでしょう。

死の直前に起こること

  • 尿が出なくなる
  • 下顎呼吸になる

尿の量が急激に減り、ほぼ出なくなります。呼吸も変化し、口が開き顎を上下に動かすような呼吸になります。こうなると数時間から1日で死に至るケースがほとんどです。

何もできないのではなく 何もしないでそばにいる

亡くなる前は寝ている時間も多く、何かしてあげたくても何をしたらいいのか分からなくなってしまうこともあるでしょう。

しかし聴覚は亡くなるまで機能していると言われています。隣に座り、声をかけるだけでよいのです。

その人との思い出話をする、毎日の何気ない話をする。独り言のようですが、しっかりと聞いてくれていることでしょう。

「買い物に行ったのに、お財布の中にお金が入ってなくて。まいっちゃった。わしも疲れてるのかな」ちょっとした愚痴でもかまいません。

生きているあなたの生きている話をしてあげてください。人生のなかで何もしないで誰かのそばにいるのは看取りのときくらいなのではないでしょうか。あなたにとっても良い時間になるでしょう。

答えはないでも心を寄せれば大丈夫

看取りに正解はありません。こうしていたら・・・と思ってもそれが良いことなのかも分かりません。

しかしひとつだけ確かなことがあります。

「精一杯その人に心を寄せること。」

そうすれば見えてくるものがあるでしょう。

どうしても許せないことがある、穏やかに見送れないという人もいるかもしれません。それでもよいのです。

心を寄せるというのは許すとは少し違います。あなたがあなたのまま寄り添うということです。無理にあなたを装う必要もありません。

著者もこの先家族の死と向き合うとき、どのようにすればよいか不安に思うこともあります。自信満々に看取りができる人はいないのです。看取りは悲しみや迷いの中にこそ光が見えるものなのかもしれません。

■尊厳死を考える~もくじ

著者:葬儀のデスク編集部
葬儀のデスク編集部
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