リビングウィル、アドバンス・ディレクティブ、アドバンス・ケア・プランニング。これらは人生の最終段階における医療・ケアの決定に関連する用語です。「自分の最期のときをどのように過ごしたいか」という意思を表すという言葉ですが、これらの用語のせいで分かりにくさを生んでしまっているという一面も。
しかし、意味を理解してしまえばそれほど難しくありません。今回は用語の説明だけでなく、厚生労働省のガイドラインを通して人生の最終段階における医療の決定プロセスの概要を分かりやすく解説します。
■リビングウィル入門編~実践編もくじ
- リビングウィル1~入門編|始める前に知っておきたい大切なこと
- リビングウィル2~入門編|人生の最終段階における医療の決定プロセスとは
- リビングウィル3~発展編|アドバンス・ケア・プランニングの内容を具体的に解説
- リビングウィル4~発展編|延命治療について理解を深めましょう
- リビングウィル5~実践編|書式やポイントを解説します
リビングウィルとアドバンス・ディレクティブとは
リビングウィルとアドバンス・ディレクティブは、どちらも人生の最終段階における医療・ケアへの意思を表したものです。アメリカでは法律があり、書式や手続きの方法が明らかにされています。
しかし、現在の日本では患者の意思決定やそれにどう医療従事者が対応するかに関して法律がありません。そのため、日本で最期を迎える場合にはこれらの厳密な区別は必要なく、なによりも重要なのは、そのプロセスと内容です。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の意味を解説します。まず、advanceとは「前もって」という意味です。careは「世話・手当」などと訳されますが、本来は「人や物を守ること、その人や物が必要なものを提供すること」という意味。planningは「計画」という意味です。
アドバンス・ケア・プランニングとは「(最期のときに備えて)前もってその人を守り、その人が必要とするものを提供する方法について考えて決定すること」ということになります。厚生労働省では「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセス」としていましたが、平成30年に「人生会議」という愛称を発表しました。
アドバンス・ケア・プランニングの対象者
アドバンス・ケア・プランニングは、全ての人が対象となります。人間の死亡率は100%。誰しも最期のときを迎えるからです。
しかし年齢や健康状態によって、最期のときのへの向き合い方は変わってきます。高齢労働省が「人生会議」という愛称にした理由もここにあるのです。すべての人が自分の人生や価値観を語り、最期のときを想定した会議をしてほしいという願いが込められています。
アドバンス・ケア・プランニングでもっとも重要なこと
アドバンス・ケア・プランニングでもっとも重要なことは、対等な関係の中で話し合いをくり返し行うことです。患者本人の意思だけを尊重するのではなく、医療従事者の言いなりになるのでもありません。それぞれの立場の人間がそれぞれの主張を対等に発言し、その中で最善の方法を模索するのです。相手を強く攻撃するような発言は避けた方がよいですが、相手を慮りすぎて自分の本心を口にできないということも避けたいです。
健康なときの人生会議は、死がそれほど近くないため言いたいことは言いやすいでしょう。しかし、余命が宣告されている場合などはそう簡単にはいきません。患者本人や家族は動揺や葛藤しています。
「私がこう言ったらあの人は悲しむかもしれない」
「家族のためにここは我慢したほうがいいのかな・・・」
「お世話になっているのだから、先生の言うことをきくべきなのかも」
相手を思いやることは大切です。しかし、相手への思いやりの気持ちが強すぎると、本質を見失ってしまうかもしれません。自分の主張は相手に伝え、対等な関係で話し合いをくり返すことが大切です。
厚生労働省のガイドラインの解説
「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」というものがあります。平成19年に厚生労働省によって、はじめて終末期医療に関して示されたガイドラインです。平成27と30年に改訂され、現在の形式になっています。法律がない日本では、このガイドラインと過去の判例が、終末期医療の道しるべとなっています。
これは医療従事者に向けたもので、患者や家族への具体的な指示はありません。しかし医療従事者がアドバンス・ケア・プランニングにおいてどのようなことを重要視しているか理解することで、自分の最期を考えるための手掛かりにもなります。
このガイドラインを分かりやすく解説します。
1.生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死は、本ガイドラインでは対象としない。
現在の日本の法律では、薬などを用いて死を早める行為は殺人や自殺ほう助の罪になるため、このガイドラインの対象外となります。
2.早期から痛みなどの身体的苦痛、身体的・社会的苦痛の緩和に努める。
苦痛が強い場合はその人らしさが失われ、正常な判断ができなくなります。また、辛そうな姿を見ている家族も動揺してします。話し合いを行うことができるよう、できるだけ苦痛を緩和することが求められているのです。
3.医療従事者から患者や家族に十分な情報が提供される。
正しい知識がなければ判断をすることはできません。医療従事者でない患者や家族が、病状や今後の見通し・治療のメリットとデメリットなどを理解できるよう、医療従事者に十分な情報提供が求められています。
4.患者や家族、医療従事者、介護従事者など、関係者の間で話し合いを繰り返す。
患者と医師の2人で話をするのではなく、関係者全員で話し合いをすることが求められています。独断と偏見で物事を進めないようにするためです。
5.本人のこれまでの人生や価値観をできるだけ把握することが必要である。
患者本人の意思決定の根底にあるのは人生や価値観です。起こりうるすべての状態を話し合うことはできません。本人が意思表示できなくなった場合に、「本人ならこう言うのではないか」と想像するための重要な材料になります。
6.本人の意思は変化しうることを前提に話し合いをすすめる。
時間や病状の経過によって、患者や家族のおかれている状態は変化します。環境が変化しなくても、一晩で考えが変わるということもあります。患者や家族は動揺や葛藤の中にいるという前提で、柔軟に意思の変更を受け入れることが重要です。
7.本人の意思が確認できなくなることを想定して、家族や親しい人も話し合いに参加する。
多くの場合、最期は自分自身で意思表示することができません。そのため、本人の代理となる人にも話し合いに参加してもらう必要があります。家族である必要はなく、複数でも構いません。本人が自由に指名できます。
8.話し合った内容はそのつど文書にまとめておく。
人の記憶は曖昧です。その話し合いに参加できなかった人にも共有できるよう、文書にまとめることが求められています。また、その文章を当事者で確認することで、次の話し合いも円滑に進めることができます。
9.人生の最終段階における医療的判断は医療・ケアチームで慎重に判断する。
医療的判断においては、法律もなく、本ガイドラインでも細かく提示はされていません。個別性が強いということ、柔軟に判断すべきという観点からです。そのため、医師個人のひとりよがりの判断にならないよう、複数人で判断することが求められています。
人生の最終段階における決定は関係者がサポートしてくれる
厚生労働省のガイドラインは、医療従事者などの関係者に向けたものです。それに対し、患者や家族はこうしなければいけないという決まりはありません。
患者や家族の立場では、「我慢せずに苦痛の緩和を要求できる」「病気について分かるまで何度も聞くことができる」「みんなで何度も話し合いができる」「自分の人生や価値観を大切にしてもらえる」ということになります。
人生の重要な決断をするとき、「あなたは独りではありませんよ」というのがアドバンス・ケア・プランニングです。