自業自得は良い意味でも使われる?意味や語源を解説

自業自得は良い意味でも使われる?意味や語源を解説

自業自得は今でこそ、身から出た錆と同じような使い方をされますが、本来は良い意味と悪い意味の両方をあわせ持つ、仏教語からきた言葉なのです。

日常でよく聞き・使われる言葉の中には、その実、正しい意味を知らずに使っているものが多くあります。

自業自得もその中の一つです。

わき見運転による事故、運動不足とわかっているのに食べ過ぎて太った、彼女との約束を忘れてフラれた、などなど。自業自得だよね、と言われておおかたの人が納得して自分の行動を反省されることでしょう。

一方で、家の手伝いを頑張ったらお小遣いが増えた、遊びたい気持ちを堪えて勉強した結果大学に合格した、仕事で営業努力を続けたら大口の契約が舞い込んできた、などなど。実はこれらもすべて、自業自得なのです。

そう言われて驚かれる人も多いと思います。明日からちょっと人に自慢できるお話として、自業自得について詳しく解説します。

自業自得のもともとの意味と語源を解説

自業自得を悪い意味でしか使ったことがない人には、まさかいい意味でも使うとは思いもしなかったことでしょう。

しかし、その成り立ちと意味を知れば納得できます。言葉の由来である仏教の話もあわせて、ここで詳しく紐解いてゆきます。

自業自得の語源は仏教語

他力本願・言語道断・諸行無常といった日常で何気なく使われるこれら四文字熟語が、仏教語であることをご存知でしたか?それ以外にも、大丈夫、などの日常頻繁に使われる言葉の中にも多くの仏教語が見られます。

538年、飛鳥時代の欽明天皇の時代に百済より伝来した仏教は日本の文化風習に深く根ざして、世界に類を見ない語彙の豊かな言語を生み出した一翼を担っていると言っても過言ではありません。

お葬式や法事以外では仏教とは縁遠い生活を送りながらも、あるいはキリスト教徒であっても、日本で日本語で生活を送るには意識しなくとも仏教語を使わなければ会話が成立しません。

次はその仏教語の一つであります、自業自得の意味を解説します。

自業自得の本来の意味はネガティブな捉え方ではない

冒頭でも述べたように、この自業自得は善と悪の両方の意味でも使える仏教語なのです。まずはこの四文字を展開してみましょう。自はもちろん自分の意味であり、業(ごう)とは単純に行動を意味します。

この業とは仏教ではカルマとも言います。カルマは、その人がそうありたいと思う意志を持って行った行為を意味し、意志には良い事・悪い事の両方があります。

ここでピンときた方もいらっしゃるでしょう。自業自得を善と悪の両方の意味で使える理由が、この業の文字から理解することができるのです。

そして得は、業(カルマ)によって自ら手に入れるという意味があります。自業自得とは自らの行いによって自身にかえってきた結果であり、善い行いをすればいい結果に怠けたり悪い行いをすれば当然、報われることはありません。

この後の項目でも触れますが、善い行いには善い結果が得られる意味の善因善果と、その真逆である悪因悪果を合わせ持ったのが自業自得とも言えます。

やるもやらぬも自分次第、自分にあらわれる運命のすべては自業自得なのであると、お釈迦様はおっしゃっておられます。

自業自得の類義語を解説

自業自得の類義語を解説

よく耳にする四文字熟語で、前述の善因善果と悪因悪果とは異なり、その言葉自体が自業自得に似た意味の仏教語があります。

それが因果応報、自業自得に並んでドラマや漫画、書籍などでよく見聞きする言葉の一つです。自らの行いで、幸・不幸が決められるという意味あいがありますが、自業自得と何が違うのでしょうか?

ここでは自業自得の類義語である因果応報について詳しく説明します

自業自得の類義語は「因果応報」

因果は巡る、こちらは因果応報を噛み砕いた言い方で同じく耳に馴染んでいる言葉でもあります。因果応報は、自業自得と意味が似ている言葉として使われています。

同じく、時代とともにその意味合いも変わリ、今では悪い意味で使われることがほとんどです。因果応報とは本来、前世での行いが現世に、現世での行いが来世に反映され、対する自業自得は現世での業の結果のみが反映されます。

また現在使われている因果応報には現世における過去の行いも含まれます。昨今よく耳にします、発言がブーメランで戻ってくるとは、相手に投げた言葉が巡り巡って自分に跳ね返ってくるという意味ですが、これはまさしく現代における因果応報の一つであります。

さて因果応報の因果とは、原因と結果であります。そして仏教の根幹にあるのが因果の道理です。道理とは、どれだけ長い時間が経とうとも時代が変わろうとも、どんな場所であっても変わらないものという意味です。

因果の道理とは、物事や人の幸せ・不幸せは原因があっての結果のあらわれであって、それは真理であると説いているのです。

そしてすべての命は連なり合う三つの世、過去世・現在世・未来世に繋がって存在していて、そこでの業がどこかの世にあらわれてその人が置かれている状況の原因となっていると教えています。
(手塚治虫先生の火の鳥はまさにそれを見事に、かつ、わかりやすく漫画に描いています)

これを三世因果の道理と言い、さらにそれには3つの決まりもあります。

  • 善因善果・・・善い行いをすれば善き結果を得られる
  • 悪因悪果・・・悪しき行いをすれば悪しき結果を得る
  • 自因自果・・・自分の行いは自分に結果として現れる

永遠に続く命のサイクルの中でこの3つのうちのどれかを繰り返しているといいます。この仏教の教えの根幹が因果応報の言葉が生まれた背景でもあります。

例えば、過去世で人を騙して苦しめた人は後の世で必ずその報いを受けます。しかしその時に、悪因悪果でなく善因善果を心がけて生きれば不幸の連鎖から抜け出せるのです。

つまり運命は自分の業の結果ですべては自業自得であり、またその時の業による結果が次の世に原因として現れることを、因果応報というのです。

自業自得や因果応報は、気宇壮大な仏教の宇宙観から発生した言葉だったのです。

まとめ〜自業自得は現代では悪い意味で使うことが多い

言葉は生き物とよく例えられます。時代とともに変化し、時代に合わせて意味も変わってゆくからです。

仏教語からきている自業自得でさえ、本来の意味とは違って悪い意味で使われていることの方が多いのも事実です。仏教語由来ではあるものの、すでに言葉は独立して新たな日本語へと進化をしているのかもしれませんね。

しかし自業自得や因果応報の本来の意味を知ることで、人生の起点は自分自身が作り出すものであると改めて気づかされます。

人生をより豊かなものにする方法は思いのほか簡単で、身近にあったわけです。

京セラの創業者・稲盛和夫氏はその著書や講演会で因果応報の法則という話しをよくされています。稲盛氏が説く因果応報の法則とは、人の人生は悪因悪果と善因善果いずれかの結果によるものであり、例えば他者に善の心で接すればいつかそれが善いことでかえってくる。そしてそれが自分の運命を変えることにも繋がるとおっしゃっています。

経営の神様との異名を持つ稲盛氏の成功の基になっているのが、仏教の因果の道理だったわけです。

これら四文字の言葉を正しい意味で使い、四文字が持つ言葉の意味を心がけて日々を送れば何かが変わるかもしれません。自業自得・因果応報、実は人生を変える魔法の言葉なのかもしれません。

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