「賽の河原」言葉の意味と由来について徹底解説!

賽の河原(さいのかわら)とは、仏教の世界観の三途、その川のほとりのことを指します。ここは、親を遺して亡くなった子供たちが集まる場所です。子供たちは小石を拾っては1つずつ積み上げて塔を作ろうとします。

これは毎日12時間もかけて行う苦行です。しかし、その涙ぐましい行為は必ず徒労に終わります。何故なら、塔が完成する前に鬼が出てきて石を崩してしまうからです。

子供はこうして毎日虚しい苦行を繰り返しているというのが仏教の世界観。

亡くなった子供にとっても、子供を亡くした親にとってもあまりにも救いのないこの伝承。命を失った可哀そうな子供が、いったい何故このような仕打ちを受けると考えられたのでしょうか。

賽の河原の意味や語源の由来をについて解説しながら、あまり知られていないこの伝承の真意を解説し、今も大切にされている日本各地にある賽の河原と呼ばれているスポットも紹介します。

賽の河原の意味と語源の由来について解説

三途の川の「三途」とは、仏教の世界観である六道の内の三つの世界、餓鬼道、畜生道、地獄道を意味しています。その三途の川のほとりが賽の河原です。

賽の河原という言葉にはどのような意味があるのか。語源や由来、類義語や言い換えの例を解説します。

賽の河原の意味は「報われない努力」「徒労」

「賽の河原」「賽の河原の石積み」という言葉には、決して達成できない目標に対する報われない努力、徒労という意味があります。

他にも無駄なあがき、骨折り損、無意味な努力などの言葉で言い換えることができます。

賽の河原の語源・由来を解説

賽の河原といえば、親より先に亡くなってしまった子供たちがまだ現世にいる親のために「一つ積んでは父の為、二つ積んでは母の為」とつぶやきながら、石を積んでいるという伝承を思い浮かぶのではないでしょうか。

賽の河原とは、親より先に亡くなった子供の魂が死後にたどり着く場所。仏教では親より先に亡くなることは五逆罪のひとつで、罪とされています。そして、石を積む行為は、ここでは仏塔を作ることを表しています。

子供たちはまだ現世にいる親のために石で塔を作り、功徳を積もうとしているのですが、そこに必ず鬼が出てきて、一生懸命積み上げた石を崩してしまうのです。

石積みは毎日朝に6時間、夜に6時間、1日で12時間。子供たちは半日もの時間、指先から血を流しながらこの行為を繰り返すと言われています。こんなに残酷で無駄な努力を子供たちは永遠に続けるのかと切なくなりますが、実は、賽の河原の俗説には続きがありました。

子供たちが救われる下りは所説ありますが、よく知られているのは子供たちの前に地蔵菩薩が現れて、「私を冥途での親だと思いなさい」と抱きしめてくれるというものです。

地蔵は地獄の入り口で死者を救う神様と考えられています。また、地蔵信仰は子供たちと結びつきが強く、地蔵は安産や子供の病気の守護神として敬われてもいます。

その地蔵が我が子を救ってくれて無事成仏したと思えることは、親にとってなによりの救いといえるでしょう。現代とは違い、昔は出産で親子共々命を落とすことも、子供が育たずに亡くなることも少なくありませんでした。

子供の死が身近にあり、遺された親を癒す必要があった時代に必要なものだったのかもしれません。

いったいこの伝承がどこからきたのかですが、仏典には典拠はないので、民間に広まった俗信です。しかし、実は法華経をもとにしているのではないかという説があります。

それは、法華経には「童子の戯れに沙(すな)を聚(あつ)めて仏塔を作る」というくだりがあるからです。その意味は、「子供が戯れで作ったとしても、仏塔を作ればそれは功徳を積んだことになる」といったことで、そこから賽の河原の発想を得たとも考えられるでしょう。

賽の河原の類義語や言い換え

賽の河原の類義語や言い換えとして挙げられる言葉は、無意味な努力、無駄なあがき、骨折り損、悪あがきなどです。

他には「シジフォスの岩」という言葉があります。シジフォスはギリシャ神話に登場する人物で、神々を二度もだました大罪人。

シジフォスは死後、その罰として巨大な岩を山のてっぺんまで押し上げるという仕事を命じられます。もうすぐ頂上だというそのときに必ず重みに耐えられずに岩は転がり落ち、初めからやり直しになってしまいます。

絶対に報われることのないその作業を、シジフォスは今もギリシャ世界の地獄タルタロスで繰り返しているそうです。

罪を贖うため、岩を積み上げるという行為。遠く離れた国の神話ですが、驚くほど賽の河原と類似していると思いませんか。

例えば、「何度片付けても翌朝にはぐちゃぐちゃ。まるで賽の河原のようだ」というのも、そのまま賽の河原とシジフォスの岩と言い換えても良さそうです。

賽の河原の場所を解説

実は日本の全国各地に「賽の河原」と名づけられた場所があることをご存知でしょうか。死後でなくても訪れることができる賽の河原を紹介します。

賽の河原は日本に多数実在する

多数日本に実在する賽の河原。その中で最も有名なスポットの1つが、青森県むつ市の恐山にあります。日本屈指の霊場として著名な、恐山の賽の河原。参拝コースを入るとすぐに広がっています。

積まれた石の山がいくつもあり、それを見守るようにお地蔵様が佇んでいました。

新潟県佐渡市の海岸沿いにも賽の河原を呼ばれる場所があります。そこは佐渡市一押しの観光スポットの1つで、地元のガイドさんに案内してもらえます。1人で探すのは難しい場所なのでできれば案内を頼みましょう。

海辺の洞窟にたくさんのお地蔵様が祀られており、その前にはたくさんの石が積まれています。

長野県の木曽町にある御嶽山。ここにも賽の河原と呼ばれるスポットがあり、見渡す限り広大な平原に小石を積み上げた塔や仏像があります。

ここで取り上げた以外にも、賽の河原と呼ばれる場所は多数あるので、旅行に行った際、偶然発見することもあるかもしれません。

賽の河原に行くことはできる

賽の河原というと、子供たちの苦行、あの世というイメージがあり、不吉な場所でできれば訪れないほうが良いのではないかと考える方もいるでしょう。

しかし、人々の信仰の対象になっている神聖な場所ではありますが、むやみに恐れることはありません。

小石が積まれているだけではなく、お地蔵様や仏像がおかれていることもあり、子供を無くされた方が供養のために訪れることもあるので、マナーを守ってお参りしましょう。

岩や小石が多く、どうしても足場が悪い場所がほとんどで、その場所にたどり着くまでかなり歩くこともあります。賽の河原を訪れる場合は歩きやすく身軽な格好で、体調が良くお天気も良いときを選ぶのがおすすめです。

独特の清浄な空気があるので、癒しがほしいとき、何か悩みがあるときに訪れるのも良いでしょう。

まとめ〜賽の河原は三途の川の河原のこと

賽の河原とは、三途の川の河原を指します。仏教の信仰と無関係とは言えませんが、人々の中で民間伝承として自然と伝わり、定着しました。

現代では子供が亡くなることは少なくなりましたが、それでも賽の河原や救いを垂れる地蔵信仰は、日本人のなかに息づいているのです。

今でも賽の河原と呼ばれる場所は各地にあり、地元の人や訪れる人によって大切に守られています。訪れる機会があった時は、大切な霊場として敬いながらお参りしましょう。

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