香川県の葬儀は東讃と西讃で異なる|昔ながらの葬送習俗が残る小豆島と両墓制の佐栁島

香川県の葬儀は東讃と西讃で異なる|昔ながらの葬送習俗が残る小豆島と両墓制の佐栁島

香川県は主に高松市などの東讃地方と丸亀市などの西讃地方にわけられます。

最大117台の「ちょうさ(山車)」が出る、大小様々な「ちょうさ祭り」を要する観音寺市がある西讃地方。昔ながらの慣習が継承されており、葬儀も盛大に執り行われるのが特徴です。

小豆島では規模は小さくなったものの、花籠などをかかげて歩く葬列と慣習が現在でも見られます。

多津町佐栁島に今も残る両墓制のお墓など、香川県に残る葬送習俗と葬儀について紹介します。


香川県の葬儀の特徴

香川県の葬送形式は、一般的な「後火葬」です。

しかし、観音寺市や瀬戸内海に浮かぶ小豆島・佐栁島などの島々では近年まで土葬が行われていました。現在でも土葬の名残である「両墓制のお墓」や「野辺送り」の葬送習俗を見ることができます。

高松市などの東讃地方の一部地域では、初七日までの間に親戚が黒豆のおこわと煮しめが入った重箱料理を差し入れる慣習が残っています。故人が70歳以上の場合に「長寿を全うした」と、黒豆ではなく小豆を使った赤飯を炊くものです。

香川県は真言宗善通寺派の総本山がありますが、実際は浄土系、浄土宗と浄土真宗の寺院が多く、小豆島は真言宗と浄土真宗、そして三豊市には日蓮正宗の寺院が集中しています。

真言宗と日蓮正宗の葬儀は、儀礼通り厳格に執り行われることが多い宗派です。さらに、慣習を重んじる地域が多い香川県では簡素化されることが少なく、比較的立派な葬儀となる傾向にあります。特にこの両宗派が多い西讃地方では、葬儀自体に費用をかける傾向が強いです。

香典返しや会葬御礼品に、「祝儀・不祝儀袋」と「筆記具」のセットが用いられるとがあります。香典返しの場合は、返礼品に添えられる形式が多いです。香典袋セットの返礼品は、西日本でよく見られます。

都市部では香典の即日返しがおこなわれてはいるものの、四十九日の忌明け後が一般的です。

通夜は御悔・葬儀は御香典〜香典袋の表書きが異なる

一般的に通夜・葬儀にお渡しする香典袋の表書きは宗派問わない御霊前(浄土真宗は御仏前)ですが、香川県の場合、通夜は「御悔」、葬儀は「御香典」と書きます。

伝統の精進料理の揚げ炊き|非時(ひじ)

仏教用語で食事時間外にいただく食事を非時食(ひじじき)と言い、出立ち膳・精進上げといった葬儀の際に会葬者に振る舞われる食事をひじ(非時)と呼ぶ地域があります。香川県もそのひとつです。

香川県では、油揚げを甘辛く炊いた精進料理である揚げ炊きを盛りつけたご飯の上に一枚のせて、ひじを出します。現在でも、地域の人による葬儀の手伝いがおこなわれている地域では、おなご衆、または男性によって作られています。

葬祭業者が介在する葬儀であっても、慣習となっているひじは精進上げの際に出されることが多いです。

講中によるお看経(おかんき)

三豊市などの一部地域では、骨上げ後に町内会などで組織されている真言宗の講中の人たちがお経を唱えて弔うことを「お看経」といいます。

お看経は岡山県真庭市などの一部地域でもおこなわれていますが、香川県のように火葬中または骨上げ後のお経を唱えるのではなく、初七日までは毎日、それ以降は七日ごとの忌日法要に喪家を訪れるのが習わしです。

夏場の香典返しにそうめん

香川県といえば誰もが讃岐うどんを思い浮かべますが、お悔やみごとが長引くとの俗信が今もご年配の方の間にわずかながらも残っており、葬儀または四十九日の忌明けまで避ける傾向があります。

一方、小豆島は手延べそうめんの生産地としても有名であり、返礼品として用いられています。特に夏場の香典返しとして人気です。

野辺送りの慣習が残る小豆島の葬送習俗

野辺送りの慣習が残る小豆島の葬送習俗

小豆島にはそうめんを編み込んだものを仏壇にお供えするお盆の風物詩・負い縄そうめんといった、古くから続く様々な風習が今も数多く残されています。

葬儀においては葬祭業者による家族葬といった都市型の葬儀が多くなっていますが、継承されている風習同様、地域によって昔ながらの葬列をともなった葬送が行われているのが特徴です。

小豆島の葬送風習を紹介します。

出棺から霊柩車までの野辺送りと棺回しの慣習

霊柩車に棺を収めるまでの間で、野辺送り(葬列)がおこなわれているのを時折見ることができます。

野辺送り(葬列)とは、棺のまわりを左に三回まわってから出棺、そして竹竿の先にくくりつけられた花籠、故人の名前を記した幟旗などを親族それぞれが持って霊柩車まで歩く儀式です。

額に三角形の布・天冠をつける喪主に白装束の女性親族

喪主、または棺を担ぐ人は死者と同じく、天冠と呼ばれる三角形の布を額につけて火葬場へ向かいます。

地域によっては、喪主または女性親族は白装束を身にまといます。

喪主が女性の場合は白装束に白い頭巾姿で手に幟旗を持ち、男性は天冠を額につけて決して振り返らずに歩かなければなりません。

白装束に関しては現在ではほとんど行われていませんが、天冠は今も時折見られます。真言宗の場合、梵字が書かれています。


土葬時代の名残である両墓制が見られる多津町佐柳島(さなぎ)

佐柳島、そして三豊市詫間町の志々島や粟島など塩飽諸島(しわくしょとう)には、両墓制の墓地があります。両墓制とは、遺体を埋葬する「埋め墓」とお墓参り用の「参り墓」に分けられているお墓のこと。

しかし、これら地域では過疎化や少子高齢化問題を抱えているため、両墓制の管理維持やしきたりの継承は困難となり、徐々に単墓制に改葬されつつあります。

香川県内の両墓制のお墓、埋め墓の場合はいずれの地も居住地の中、そして海側に面しており、参り墓は居住地から離れた山中につくられているのが特徴です。

奈良県などの他地域にも両墓制を見ることができますが、香川県とは違って埋め墓は居住地から遠く離れたところや山中に設けられ、埋葬後は人が近づくことはありません。死を穢れとする観念があるためです。

香川県の志々島などでは、霊屋(たまや)と呼ばれる屋根つきの祠が並ぶ墓地が住宅地の中にあります。一つ一つがまるで小さな家のようであり、日差しが眩しかろうと死者を慮ったかのように日よけの簾がつけられている祠も多くみられます。

ここでは死は穢れではなく、日常の中に溶け込んでいるものなのでしょう。

佐栁島の埋め墓は志々島の霊屋とは異なり、石を積み上げただけの墓標が特徴的です。中でも長崎地区にある埋め墓は国内に残る両墓制の墓地の中で最大の広さを誇り、数は減ったものの現在でも両墓制が続いています。

また、香川県の有形民俗文化財にも指定されています。

特に瀬戸内海の島々はほとんどが両墓制でしたが、火葬の定着と近代化にあわせた島の開発によって単墓制へと改葬され、海沿いにあった埋め墓は更地へと姿を変えていきました。小豆島もその中の一つです。

まとめ〜香川県には昔ながらの葬送習俗が残る地域はあるが過疎化と高齢化にともない消えつつある

香川県は別名うどん県として有名かつ多くの景勝地を持つ観光地で、四国の中でもっとも多くの国内外の観光客が訪れ消費活動が行われています。

その一方、47都道府県の中でも上位に入るほどの少子高齢化が進む県であり、地域にある伝統や風習などの継承が困難になりつつある側面も・・・。

ただ、観音寺市のちょうさ、高松市のひょうげ祭りといった伝統的なお祭りを持つ地域では地縁関係が強い自治社会が組織されており、昔ながらの葬儀と慣習を継承しようとする意識が高いです。

しかし、埋め墓と参り墓を持つ両墓制や葬儀にともなう慣習など辛うじて受け継がれている地域はあるものの、志々島の墓地のように県の文化財指定になるなど、郷土史本の中で記録でしか見られない日がくるのもそう遠くはないかもしれません。

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