山形県にある死者を手厚く弔う慣習|庄内地方の神仏習合の出羽三山の生まれかわりの信仰と葬送習俗

山形県にある死者を手厚く弔う慣習|庄内地方の神仏習合の出羽三山の生まれかわりの信仰と葬送習俗

山形県でも葬儀当日に繰上げ初七日法要がおこなわれますが、あわせて三十五日法要も執り行われます。他地域の場合は三十五日法要をもって忌明けとすることが一般的ですが、山梨県では従来通りに四十九日を忌明けとするのが特徴です。

農村部では、今も地域の念仏講や観音講などの女性たちの集まりが、通夜の席に訪れて御詠歌などを詠唱してお弔いをする「お念仏」の慣習が今なお残っています。

村山地方で今も続く冥婚の一種である、むさかり絵馬の奉納の慣習もまた然り、山梨県は死者のための弔いを疎かにすることを良しとしない風潮も。

山岳信仰の出羽三山を擁する庄内地方の独特な宗教観もあわせて、山形県の葬儀と葬送習俗を紹介します。


山形県の葬儀の特徴 

山形県は「前火葬(骨葬)」が主流ですが、酒田市や庄内町では一般的な葬送である「後火葬」で弔います。

山形市は2000年頃まで葬儀をおこなえる施設があまりなかったことで、寺院葬もしくは自宅葬が主流でした。現在ではホール葬が多くなりましたが、今でも寺院葬の需要は高いです。特に村山地方では、寺院葬がよくおこなわれています。

基本的に、通夜は近親者のみで営まれます。一般会葬者は告別式に出席するので、葬儀当日の会葬者数が多いのが特徴です。通夜に招かれた人は、葬儀にも出席します。

お葬式は、通夜の夜に納棺し、翌日午前中に火葬、その後、葬儀・告別式の流れとなります。

山形県では、遺骨は骨壷ではなく木箱に納めるのが一般的です。そしてお墓に納める際はそのまま箱から取り出し、最終的には土に還ります。

葬儀終了後のお斎を壇払いと呼ぶ地域もあります。読んで字のごとく、祭壇などの片付けを手伝ってくれた人も含めての、お礼の会食です。

米沢市や南陽市など置賜地方では、納棺のことを入棺(にっかん)と呼びます。

香典返しにお米や日本酒、そして米沢牛

山形県の香典返しは「即日返し」が多いです。

香典返しは即日返しの場合、1,500円~3,000円までのお茶やお菓子、タオルなどの品物を返します。中には東北地方らしく、真空パックされたお米や地元の名酒が送られることも。

従来通りの忌明け後の場合、最近ではカタログギフトを送付することが増えており、地元のブランド牛・米沢牛の精肉セットが人気です。

山梨県は三十五日法要を省略しない

山梨県での繰上げ法要は初七日とあわせて、三十五日法要をおこなうのが一般的です。三十五日法要は他地域では省略されることがほとんどで、法要をおこなう場合はそれをもって忌明けとすることが多い中、山形県の場合は忌明けは四十九日としています。

東北地方は曹洞宗が多く、忌明けを三十五日目とする地域が多いですが、三十五日と四十九日の両方を執り行うのは珍しいです。

米沢市では、四十九日の取越法要をおこなうことがあります。この場合、取越法要をもって忌明けとする家、または四十九日目に遺族と親族のみで法要を執り行う家にわかれます。

山形県の葬儀の慣習と出羽三山の山岳信仰

山形県の葬儀の慣習と出羽三山の山岳信仰

山形県も他地域同様、失われた葬送習俗が多くあります。

その中でも大変珍しいのは、葬儀の際に共に参列する子供に晴れ着を着せる慣習です。その由縁はわかりませんが、山形市などの置賜地方では子供が主体の歌舞伎や狂言、獅子踊りといった伝統芸能が受け継がれています。子供主体の伝統芸能自体、大変珍しいことです。

酒田市北部と遊佐町では、火葬中に葬祭場または寺院に戻って繰上げ法要をおこないます。そして再び火葬場へ行き骨上げをした後、精進上げをいただきます。

山形県は曹洞宗など禅宗の寺院が多くあることで、魔除けで故人の枕元や棺の上に刃物を置く地域も多いです。

中でも、曹洞宗の「清源寺」には葬儀の際に死者をさらって行くといわれている猫の妖怪・火車にまつわる伝承があり、さらにはその猫の尻尾といわれているものが寺宝の一つとなっています。

その伝承は日本昔話の「渡り廊下の寄付」の元にもなりました。

そして出羽三山のお膝元の庄内地方には、独特な慣習がいくつもありますが、いずれも死者を手厚く弔うためのものです。

庄内地方の葬儀の慣習|仏壇の上に神棚を祀る神仏習合

古来より山岳信仰と神仏習合の山、出羽三山の主峰・羽黒山をいただく庄内地方には、独特な慣習と宗教観が存在します。

出羽三山は過去・現在・未来を現す3つの山から成り、生まれ変わりの山と呼ばれています。この山で修行を積んで極めれば仏に成れ、そして神にも成れると信じられていたのです。

神になると、家の守護神となりますが、家族が供養を怠ると荒ぶる神となって一族に災いをもたらすと謂れています。

  • 羽黒山(現世):観世音菩薩/倉稲魂命
  • 月山(過去):阿弥陀如来/月読命
  • 湯殿山(未来):大日如来/大山祇命・大己貴命・少彦名命

この地方の家では仏壇と神棚の二つを持つ神仏習合が見られますが、その配置が独特で仏壇の上に神棚を祀ります。

このスタイルは神仏習合の寺院でも見られるもの。他地域では、仏壇と神棚は離されて配置するのが一般的です。

その他にも、葬祭場で葬儀を執り行っても、自宅に弔問に訪れる人が多いのも特徴のひとつです。

歯骨納骨の慣習|宝珠山立石寺

火葬後の収骨の際に歯骨だけ別の骨壷に入れて一周忌前に、天台宗の宝珠山立石寺の如法堂、通称・奥の院に納骨する習わしがあります。

山形県は宗派を超えて浄土信仰が根付いている地域であり、5mもの高さをもつ阿弥陀如来坐像を安置した立石寺の奥の院は、鎌倉時代から地域の人々にとって死者を弔う重要な寺院です。

元々は、遺髪や爪を寺院の石塔に納めて供養したことが始まりで、いつの頃からか歯骨を納めるようになりました。

また、早世した子供のための花嫁人形やむさかり絵馬などを奉納する寺院の一つでもあります。

友引など日柄を重視する傾向がある

山形県の火葬場のほとんどが、友引の日も関係なく稼働していますが、庄内地方などでは友引、子・丑・寅の日の葬儀を避ける傾向が強いです。

通夜の晩に念仏講による

民間信仰として、浄土信仰と観音信仰が根付いており、今でも地域にある念仏講が通夜の晩に喪家を訪れ、御詠歌を詠唱します。

葬儀後に続けて行われる取越法要

繰上げ法要は初七日までのことを指し、三十五日法要や四十九日法要まで繰上げてしまう法要を「取越法要」といいます。

庄内地方では遺族・親族だけではなく、地域の隣組の人も招いて葬儀当日に三十五日法要を行い、引き出物に、乾物のしいたけやそうめん、おまんじゅうなどを渡す「取越法要」が多いです。

天童市、村山地方と最上地方のむさかり絵馬

むさかりとは「迎えられ」という言葉が鈍った方言であり、婚礼の意味です。

村山地方と最上地方に伝わるむさかり絵馬は、子供を亡くした親が、子供が生きていたら結婚適齢期であろう頃に架空の伴侶との結婚式の姿を絵馬に描いて寺院に奉納する慣習です。結婚適齢期で亡くなった人に対してもおこなわれます。

奉納先は、山形市にある天台宗の立石寺、天童市の天台宗・若松寺、村上市の真言宗・小松沢観音の観音堂、東根市の曹洞宗・黒鳥観音の観音堂です。

現在では、専門のむさかり絵馬師がいますが、本来は遺族によって描かれる習わしです。

故人のお相手は実在する人物を描いてはいけません。

死後は出羽三山で仏と神を目指して修行

死者は出羽三山で十三仏の加護の下、仏道の修行を積みます。そして三十三回忌を迎えると神になると信じられています。

残された家族は故人が無事に修行を終えられるよう冥福を祈って、日々の供養、そして手厚い法要を執り行います。


まとめ〜山形県に死者を手厚く弔う慣習が多いのは、修験道や仏教由来の慣習が人々の暮らしの中に根付いているから

山形県は、積雪量は東北の中では最も少ないものの、内陸部では-15℃まで下がる厳寒地です。

強い相互扶助の精神はこの厳しい気候風土の中で築き上げられましたが、この風土からは同時に神仏習合の出羽三山の信仰も生まれました。

現世の幸せ・死後の往生・仏になって神になる来世の、3つの幸福を願う思いとそれぞれの浄土信仰、そして古神道の御霊信仰をもって、人々は死者の冥福を祈ってきました。その厚い信仰心は観音講やむさかり絵馬など地域の慣習となって現在も受け継がれ、死者を手厚く弔う姿勢も変わりません。

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